第13話decapitation
あっさりとした答えに何ら変わらない斎藤の様子を見て、心地良さに母禮は少しだけ口元を緩める。それに対し今度は斎藤が尋ねた。
「アンタも最初の頃、俺をよく見ていたが、何か理由でもあったか?」
「……バレてたか」
「ああ」
またもや変わらぬそっけない返事に、母禮は俯いて答える。まだこの問題に関しては解決など1つもしていないのだから。
「貴方の顔を見た時、おれの両親を殺した男によく似ていたんだ。」
「……」
「最初は疑ったりもした……だが、それはただの思い違いでしかなかった。すまないな」
思わず苦笑してしまうが、その言葉に間髪いれずに斎藤は呟く。
「そんなにアンタの両親を殺した義兄にそんなに似ていたか」
「……」
ふと、制止した。今、この男はなんと言った?
ソンナニアンタノリョウシンヲコロシタアニニ、ソンナニニテイタノカ
「どう……して……」
聞き逃せずにいられなかった一言。これは母禮だけしか知らない唯一の事にどうして貴方が、と心で訴える。
「なんで貴方は義兄さんがおれの両親を殺したのを知っている……?」
「……」
「ねぇ」
嫌だ、と心で母禮は訴える
「どうして、あの場にしかいない人しか知らない事を知っている!?」
これが事実だとして、導かれる結論はたった1つ。これで全て母禮が10年に渡って苦しんできた悪夢の幕が閉ざされる。
両親を亡くし、義兄である敬禮はなにより自分達を憎んでいたと知ったあの時、母禮はもう苦しみたくないが故に、その甘さ故に彼を殺せなかったのに。
それでもどこかで傷を癒して生きているのなら、自分を、大鳥という一族を恨んでいてもそれで良かったのだ。
そして悪夢の続きを語る様に、斎藤は口を開く。
「……俺が」
やめて、と必死に訴える母禮の心。
「俺がアンタの義兄を殺した」
「嘘……」
交差するいくつもの感情に対し、どの感情から手を付ければいいのか分からなかった。否、それとも何もつけない方がよかったのか。ただ真実を告げる声は止まない。
「あの日、俺は少し離れた路上の裏でずっと様子を見ていた。無論、見ていたのはアンタがあの男を殺せないと見て、ずっと見ていた。……何もかも予想通りだったさ。アンタは結局感情を殺せなかった所為でアイツも殺せなかった。だから俺が殺した」
「じゃあ、あの時土方さんの話も……」
「……」
無言の肯定。
期待は全て砕かれた 救いなど微塵にもなかった
「お前が……」
ただ、今のこの少女に宿るのは憎しみだけだ。
「お前が義兄さんを殺したのかッ!」
憎い、と思う。でも嫌いになりたくない。しかし、この感情を抑えることができない。矛盾だらけの今の母禮を生かすのは紛れもない憎悪。
困惑はただ、彼女が抱いていた理想の斎藤所以を殺すだけで、解放してくれる。そう、それに変わりはない。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
今の母禮に外の光景など見えない。見えるのはただ憎く、それでも嫌いになれない男の顔だけ。逆もまた然りで、斎藤もまた母禮以外見えていなかった。
しかし斎藤は後悔などしていない。何せ今日は最初からこの話をする為に外に誘ったのだ。
――何故?
「俺が」
罪人となり得た男は告げる。
「俺が憎いか?大鳥」
被害者であり、罪に嘆く少女は答える。
「憎い」
「だとしたら、どうする?」
斎藤自身、殺される覚悟ならば最初からあった。自力では母禮は斎藤の腕の域に達しないものの、母禮の持つ傾国の女の能力は未知数だという事はその身で味わっている。もしかしたら、自分を殺せるかもしれない。しかし何故、斎藤はその死を望むのか?
「おれは何をしても貴方を許さない」
「殺すか?」
「殺さない。」
「……」
「貴方が例え『殺して』と言っても泣き叫んでも絶対に許さない。逆に生かす事で貴方には生きる十字架になってもらう。だから貴方が勝手に死ぬ事は許さない。おれだけが貴方の生を人生を握る手綱となる。」
最早斎藤に告げる声音に情などなく、ただただ死刑宣告を告げる裁判官の様に、母禮は淡々と答えた。しかしこれはある意味苦痛でもあれば譲歩である。
母禮はもう何がなんであれ、誰かを亡くしたくはない――それが事実。けれども殺せないのならば、生殺ししかない。
哭け、苦しみもがけと言わんばかりの憎悪の声に、斎藤が喉奥から出したのは、悲痛な叫びで、異様な言葉だった。
「――……がとう」
「え?」
『ありがとう』――とは何か? 何故この男は自身が殺されるかもしれない状況に自身を置きながら、更には生きて殺される事に感謝を呟くのか。斎藤所以が死を望む意味――それはとてつもなく悲しくも哀れな理由。
「ありがとう……これで、これで俺は……ッ」
「どうして……泣いている?」
その言葉に斎藤は涙を拭う事無く、ただ次々を吐き出す。まるで泣くのを我慢していた子供の様に。
「産まれた時から俺に居場所などなかった。常に徘徊する獣道の中で、仕方なく新撰組へと入隊した……殺す事しかできない俺が更に人を殺して殺して、そればかりだった……もう掌は血に染まって、身体は重たかった。結局どこへ行っても助けなど呼べず、繰り返すばかりのこの道を……どうしても終わりにしたかった……ッ」
かくん、と糸が切れた人形の様に膝を折っては、母禮の手を取る。
「だからアンタが……貴女が俺の心を殺すというのなら喜んで死のう。貴女が俺の免罪符になるというのなら、喜んで受け入れよう。俺は貴女を守り抜いて死ぬ。」
「……」
「俺の……斎藤所以の命に賭けて必ず。だからどうか、俺の前では貴方自身を偽らないでくれないか?」
そう、斎藤はあの時――初めて土方と遊佐と共に話した時に、母禮のある違和感に気付いていた。
無論その違和感は徐々に接していけば浮き彫りとなるだけ。そして母禮は、本当の姿をようやくここで現わす。
「じゃあ、……『おれ』じゃなくて、私でいいの?」
柔らかい本来あるべく女性としての口調はまだ幼い。そして後1つ母禮は自身を偽っている。
「ああ。だから、貴女の本当の名前を教えて欲しい。」
そう言われ、母禮はぽつりと告げた。
「沈姫。大鳥沈姫っていうの」
返事はない。けれども握る手の強さがそれを証明している。
本来ならば、郊外の神社で交わされるはずの断罪は、新宿の人気のない薄汚れた街並みで交わされた。
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