第12話I don't know
あれ以降、情報提供者としての役目を終えた母禮だが、今まで被害が多かった第2部隊の被害を最小に抑えた事と、「このまま会津に帰っても1人だろう」という比企の気遣いと功績により、このまま新選組に留まる事を許されたのだが、あの日以降、調子がでない。
というのも義兄であった敬禮が殺されたという信じがたい事実に対して、だ。
他の隊員には分からないだろうが、あの程度の攻撃であったら瀕死で留まるはずが、死んでいるとなると出血多量か、それとも逃げた所を誰かに止めを刺されたか。この2つしかない。もし後者であれば一体誰がやったのか? それが気になって仕方がない。
「れいちゃん、れいちゃん。魚、魚!焦げてるよ!」
ヒソヒソと耳打ちしてきた遊佐の声に反応し、グリルを見れば見事に朝食で出される鮭は真っ黒に変化していた。
「……すまない。これはおれの分にする。」
「それは大いに結構。だけど最近どうしたの?何か考え事してるみたいだけど」
「ああ、少しな……。」
言えるはずもない、と悩んでいる中、今度は肘でつつかれ、声を上げようとすれば目の前には斎藤の姿があった。
「おはよう、斉藤さん。」
「ああ、おはよう。大鳥、今日少し時間はあるか?」
「ああ、あるが……何の用だろうか?」
「少し話があるだけだ。」
「それって、もしかして最近おれが仕事に身に入っていないからか?」
「……ああ」
「で、どこに行けばいいんだ?」
「悪くなければここから離れた小さな神社の境内に……って、いい加減大鳥の真似をするのをやめろ。遊佐。」
「ちぇー。折角話に乗り気でないれいちゃんに代わって聞いてあげたのに、それはないんじゃない?」
「単純に気持ち悪い。……で、どうする?」
「分かった、朝食の後でいいだろうか?」
「ああ。片付けが終わったら、下まで来てくれ。」
短い対話の後、にひひと下卑た笑みで遊佐は母禮を見ている。
「これはなんだろうねー。まさかのデートのお誘いとか?」
「ぶはっ!」
「あ、鮭落ちちゃった。」
突然の不意打ちに吹き出した挙句、こんがり焼けた鮭が箸から滑り落ちる。
「な、何を言っているんだ!遊佐さん!」
「あれ?気づいてないの?最近、所以さんってば、れいちゃんの事を穴が開くかと思うぐらい見てたりするんだよ?気づかない?」
「し、知らん!大体斎藤さんは監視役だ!監視だ!監視!」
「もう、お兄さんの件は解決したから、もう監視役じゃないよ?」
「う、うるさい!もうこの鮭でも食べてろ!」
「ちょっと待った!それはれいちゃんが責任を持って食べるんじゃなかったのー!?」
「……」
一方、大声で聞こえる母禮と遊佐のやり取りを聞く斎藤は複雑な心境だった。
遊佐が言っていた通り、ここ近頃斎藤は母禮の事をずっと見ていた。あの忌まわしい日からずっと。
正直このままいつもの様に誰を殺したなんてかは自身の胸の奥に閉じ込めておけばいいのだ。けれども何故か、今回はそれができない。
(言える……はずもない)
受け取ったトレイをテーブルに置き、鮭の切り身を一口。
「……焦げてるんだが」
仕事に身の入らない母禮の焼いた鮭はどれも等しく焦げているのだろう。
ただ台所でギャーギャー騒いでいる様子を見てどこか安心を覚えながら、卵焼きに手を伸ばした。
忙しなくバタバタという足音が響く。
朝食の片付けが終わったのだろう。母禮はマンションの下まで降りてきては、斎藤の元へと急ぐ。
「すまない、遅くなった。待たせただろうか?」
「いや、思われる程待ってはいない。」
「行くぞ」
多少長引いた朝食の後、落ちあった2人だが、斎藤の短い言葉と共に2人は歩きだすが、母禮は言う。
「ここから鏡内まではどれくらいかかるんだ?」
「歩いて小一時間程だ。不服か?」
「いや……別にそんな事はない」
「そうか」
たった少しの会話の後の沈黙。しかし母禮は別に嫌いではなかったし、何よりいつも何食わぬ顔でいる斎藤の顔が好きだった。
最初は父と母を殺した犯人と見ていたが、それでも嫌になれないというのは恐らく斎藤のいい所なのだろう。
飾り気がない。一言で言えばシンプルだが、別段複雑じゃない方がらしく見える。そう思いながら斎藤を見上げた瞬間、互いに目があってはバッと俯く。
『あれ?気づいてないの?最近、所以さんってば、れいちゃんの事を穴が開くかと思うぐらい見てたりするんだよ?』
遊佐の一言が、気になる。せめて、一言。
「斎藤、さん。」
震える声よ、どうか気持ちに変わって――と儚き思いと交差する母禮の小さな声音に斎藤は母禮に視線を向けては短く言葉を返す。
「何だ?」
「遊佐さんが言っていたんだが、最近斎藤さんがおれの事をよく見てるって……何か言いたい事でもあるのか?」
「ああ」
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