第11話Siren




 夜闇の中に響いた慟哭の色怒りに震え、真実を知るはずのない母禮に対し、冷たく鋭く慟哭を遮る犯人。

「そんな事にも気付かなかったのか、この馬鹿め。だが、そのおかげで新選組では参謀としていい位を得られた上に、『生命の樹』に参加した時にはその肩書きのおかげで生命装置の構成と使用条件を知る事ができたよ。これで、俺の復讐は形を成す。散々馬鹿にしてきた愚かな貴様ら本家に対してのなァッ!」


 高笑いをし、腕を振り下ろす敬禮の言葉など他所に母禮はスッ、と傾国の女を構え直す。まるで、何かを祈る修道女の様に。

「…‥比企さんと他の人も早くここから逃げろ。でないと飲み込まれるぞ」

「で、でも君1人――「早くッ!」


 怒声を上げると同時に、最後敬禮は笑っては告げる。

「これでさらばだ、唯一の大鳥本家の生き残りよ。お前が自ら来てくれた事に感謝するよ」


 ゴォッ、と背中から生えた巨大な腕が母禮へ振りかざされる。

「大鳥さんッ!」

 そのはず、だった。

「え?」


 腕が振り下ろされたと同時に、ガンッと十字架の先は地面へと叩かれ、何もかも飲み込むかの様に地面が敬禮という存在ごと飲み込む。

「なァッ!?」


 最後の一言を残す事もないまま、そこは先程まで抉れていたはずが、既に真っ平らな姿を取り戻していた。この異様さに誰もが呆気を取られるが、比企がしゃがみこむ母禮に手を伸ばす。

「君、一体何を……。」


 その謎には答えず立ち上がっては、後ろを振り返っては一言だけ呟く。

「これでもう奴は地面の下だ。流石に生きてはいないだろう。比企さん、土方さんに報告してくれ。」

「あ、ああ。分かったよ」

「……」


 仮にも兄であった人間が埋まった箇所を一瞥する。何も後悔する事はない これでようやく終わったのだ。

「さようなら、啓介義兄さん。」


 短い報告の後に、そのまま迎えにきた第10部隊が回してきたパトカーに乗っては、そのままその場を後にした。


「く、くそ……ッ!」

 時は暫くして午前0時過ぎ。新選組がこの場を去った一方、裏道でズルズルと身体を引きずる敬禮がいた。


 骨は何本も折れているし、内臓も幾つか持っていかれた。ただあの時、土の底に埋まらなかったのは、この巨大な腕でとっさに自身の身を守り、這い上がってきたからである。ごぽっ、血反吐を吐き出しては1歩、1歩と夜闇を進む。


 実は母禮は知っている。自分がまだ死んではいないのだと。


 『呪い』を継承した者は例外なく血縁を結んでいる為、誰かが死ねば信号として伝わる。恐らくあそこで逃したのはあの少女のかけた優しさなのだ。


 義理の兄であろうとなんであろうと自分が慕い続け、ここまで暮らしてきた兄だからこそ、結局は感情が邪魔をして殺しきれなかったのだ。だが、これは敬禮にとってはチャンスである。


 重症ではあるが、回復術式を以てすれば1週間で完治できるであろう。

「見てろよ……次こそは、絶対にあの小娘だけでも殺――」

 と言いかけた瞬間だった。


 自身の背後で何かおぞましいモノがいる。敬禮はほぼその狂気を感じると思わず振り向く。

「誰、だ……。」


 恐怖に押し潰されそうになったが、振り返ればそこには背の高い陰気な男。

「貴様……確か、新選組の……!」


 何故?と思った

ここはあの現場からかなり離れており、様子など見えないし、まず一、人払いはしたはず。なのにこの男には影響されていないのか。

「何故、俺がここにいるのか知りたげな顔だな。」


 そう言い放った瞬間に敬禮の右腕が宙を舞う

「が……?」

 ボト、と音を立てると同時に鮮血が舞う。

「ぐぎゃァアアアああああああああああああああああああああああああああ!」

「そして何故、人払いが通用していないかという問いかけに関してだが」


 男――斎藤は呟く。ただ淡々と、冷酷に。非情と言わんばかりに。正にこの男こそ死神であるかと感じさせる程に。

「アンタは幾度か遊佐や比企と殺りとりをしている。その度、アンタは人払いをしていただろう?あれだけ見せられれば、誰でも有効範囲ぐらいは読み取れる。それにそれがなかったとしても、これぐらい離れて置かなければ、確実に比企達に勘付かれる。分かるか?」

「くっ、はははははッ!」


 馬鹿が、と大鳥敬禮は哂う。利き腕である右腕を失ったのは痛手だが、こちらにはまだ2本の腕がある。

「死んでしまえ……」


ガンッ、と背中の腕を振り下ろす。

「俺の邪魔をする者は全てなァッ!!かの新選組で最強と呼ばれる貴様でも流石に潰されれば――……」

「……誰が潰されている、と?」


 おかしい――潰したはずの相手が何故、自身の後ろにいるのか? それを知ったのは約3秒経ってからだった。

「ぎゃあァアアあああああああああああああああああああああああああああ!」


 先程地面に埋まった時に感じた衝撃でほぼ痛覚を失ったからこその人体現象。振り下ろしたはずの腕は斬り刻まれ、もはや再起不能であり、この男の命もまた失われるという事はもはや確定事項であった。

「く、そ……」


 腕を斬る刹那に1度胸を大きく斬られ、倒れて血の泡を吹きながらも声を漏らすが、その表情は笑っていた。

「はは、斎藤……俺は、これで『呪い』が解けた……が、次は貴様の番だ。」

「何?」

「温かい……愛、の海で溺死すると、いい…‥。」

「……」


 緩やかに死に向かう男は遠い日の事を思い出す。

『沈姫様!』


 振り返る少女に、ガーベラの花束を渡して告白するかの様に言い放った。

『いつか、いつか俺が当主になって、貴女を守ります!だからその時まで――……』

 そう言うと、少女は柔らかい笑みを浮かべていた。

「沈姫……」

――その時までには、強くなる。と



 息絶えた男を一瞥すると、暗闇の中で斎藤はぽつりと呟く。

「温かい愛の海で溺死するといい……か」


 あながち間違ってはいないだろう

 自分はまた自身の手を汚した

 しかも、まだ幼い少女の大事な人を奪った。

 きっと知られたその日には――


 痛む事のなかったはずの胸がどこか痛いような気がして、その不安と闇を抱えながら、斎藤はその場を後にした。

「……義兄、さん?」

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