第9話last night
「灯影」
東京のとあるビルのオフィスで響く声。灯影と呼ばれた青年は声の持ち主の方に椅子ごと回転させ、くるりと回りながら軽くペンを回している。
「あまりうろつくなと言ってあっただろう。せめて『本社』にいてくれ。ここでは手間がかかる。」
溜息を吐く男――樹戸榊の言葉を無視しては、高杉はペンを回す。
「別に構わないだろ、俺様がどこにいようとも。……で?何かあったのか?」
「今夜、新選組が動き出す。」
「それで?」
相変わらず軽い調子で答えれば、また樹戸は溜息を吐く中で高杉が言葉を挟む。
「互いに諜報員を忍ばせているのは滑稽な話だが、どうせ奴らの内部近くの話なんじゃないかと俺様は睨んでるんだが?そこら辺は樹戸さんから見てどうよ?」
「大体はそうだ。だが動く相手が違う」
「駒は?」
「大鳥敬禮。もとい大鳥啓介だ。彼が私の研究している生命装置の情報を持っているのは既に把握済みなんだが、最近彼は動きすぎているし、今夜辺りがヤマらしい。そこでどうするか――「放っておけ」
樹戸の言葉を遮り、つまらなそうに高杉は告げる。そして同時に樹戸へと背を向ける。
「『生命の樹』は何人も受け入れる集団だ。たかがそこらの不良でも、国籍が違うとしても、それが敵であったとしても。けれども動かなくてもいい。俺様の計算が合っているならば、奴は必ず今夜死ぬだろう。無論、生命装置の話さえできないままにな。例えかの『大鳥』の当主と言ってもあいつの能力はそこまでだよ。それは樹戸さんもよく分かってるんじゃねーの?」
「……まぁ、彼はそこまで働いてくれてはいないがね。」
「なら丁度いい在庫処分じゃねーか。特に問題はない。適当に泳がせておけ。まだ力を表に誇示する状況だと読めない馬鹿など食われて終いだ。」
すると樹戸は困ったように薄く笑って。
「なら私はお前を信じるよ」
「……で、今夜動く事は比企から聞いたんだな?」
「ああ」
あれから遊佐とこのマンション内の案内や最低限の生活用品を買い揃えた頃には夕方となっており、「最後にここを紹介しておかないとね」という遊佐の言葉で土方の部屋にいるという訳だ。
「奴はここ最近、出現する場所が決まっている。」
「それは一体どこなんだ?」
「都営新宿線付近……つまりここと目と鼻の先だ」
「そんな所に……」
「これは俺の自己分析なんだがよ」
そう言って土方は煙草に火を付けては、広げていた地図を指でトントンと叩く。
「ここからちっと地下鉄を使って離れた所に『生命の樹』が関与していると噂されるビルがあるみてぇでな。恐らくあの野郎はここ一帯の守護を任されていると読んでいる。」
「でも待ってくれ、土方さん。兄上はあの生命装置の情報の一部を持っているんだろう?なら何でそれを持った人間を向こうは放置する?」
「簡単な話だ」
と呟いては、煙草をトントン、と灰皿に押し付けては呟いた。
「さっきは守護なんて大層な事を言ったがな、あの野郎と『生命の樹』はグルなのは明白だ。だが、あいつらの目的はまず国を建てる事じゃねぇ。一掃するのが目的だ。なのに、そんな重要な事を他人に易々と教えて動くには早ぇと思わねぇのか?」
「!」
「謂わば捨て駒だよ。本人が自覚してるかどうかまでは知らねぇけどな。あの高杉ならそう判断するだろ」
「1つ、いいか?」
「何だ?」
大方の予想を聞いた所で、母禮は落ち着いた様子で問いかける。
「それが分かっていたのは結構前からなんじゃないのか?」
「ほう」
すると土方は感嘆の声を上げては「そうだな」と一言。
「全くその通りだぜ、ガキ。何で俺らがあの野郎に負けてきたか……分かるか?」
「いや、そこまでは……。」
「俺らは全隊員が拳銃を一応持っているものの、国の許可の元、刀を使用した近接戦を得意とする。それが通用しねぇのは隊員の腕がどうとかじゃなく、向こうがどうにかしてんだ。主に戦線に立ってる第1部隊、第2部隊の隊員の話じゃ、奴は隊員を鎖で縛り上げた上に、腕で潰したりもするらしい。どれもオカルトな話だが、どちらにせよただの人間じゃ対処しきれねぇ。だから俺はテメェに下がれと言ったんだ。流石に一太刀浴びせられそうなのは相似や斎藤、比企ぐらいだろうしよ。」
「……魔術か」
と呟いては、母禮はポケットから携帯を取り出し、とあるダイアルへと掛ければそれは、3コール程で出てきた。無論、こんなオカルト話が出てきた時に頼れるのは1人しかいない訳で。
「もしもし、アマンテスか?」
「どうした?こんな時間に」
話の内容に囚われ、完全に時差の問題を忘れていた事を失念するが今はそれどころなどではない。
「済まない、アマンテス。少し相談があるのだ」
「相談?」
あまり穏やかでない母禮の声音でアマンテスも一山あると悟ったのか、母禮の不躾とも言えよう行動に、彼が言及する事はなかった。
一方母禮も今土方に説明された事を一通り話し終わると、最後に「ああ」と相槌を打っては電話を切り、土方へとこう切り出す。
「土方さん、それに関しての対処は出来そうだ。先程は下がれと言っていたが、どうか前線において欲しい。無論、比企さんの力も借りるが。」
すると横で話を聞いていた遊佐が真剣な声で言葉を投げかける
「れいちゃん、それ本気で言ってんの?冗談にしちゃキツすぎるよ?」
「冗談ではなく本気だ。それに捕縛するにも殺すにせよ、これはおれが片付けなければならん問題だ。どうか、頼む。」
そう言っては頭を下げる様子に土方は笑ってはこう返す。
「いい度胸じゃねぇか。但し、危険だと感じたらすぐに逃げろ。一応テメェも女だしな。俺は女を殺したくねぇ性分なんだ。」
その言葉に対し、フッと母禮は小さく笑ってこう力強く返した。
「死なんさ、絶対に。」
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