第5話Day


 絶対なる力を

 親を殺した者への報復を

 しかし、非現実的な願いなど通用しない

 では、一体どうすれば?


その答えを出す人間は案外遠くにいた

『地を這う蛇』といった名前の魔術結社が存在した。


 近年、第二次世界大戦時にナチスドイツが秘密裏に進めていた黒魔術や人類のサラブレットを生み出す優生学に始まり、考古学にローマ字の回読など様々な物が存在したが、更に歴史を遡れば、錬金術や魔術結社など珍しくもないありふれたものだった。


 それを現世で個人レベル、もしくは国自体で学び、新しく魔術結社を生み出す者もいるが、古代魔術結社の得意としていた術式を復興させたのが、近代魔術結社・『地を這う蛇』である。


 そのボスであるアマンテス=ディ=カリオストロは一五歳という若さでありながら欧州で一と言われる『地を這う蛇』を纏め上げ、かのアレッサンドロ=ディ=カリオストロの再来と呼ばれる程の天才で、正に世界で指折りの魔術師と知られているが、母禮と会ったのは本当に偶然であり、日本へお忍びで観光に会津に来たアマンテスだったが、途中で財布をスられた時にそのスリを母禮が素手でとっ捕まえ、挙句に賠償金まで払わせた上で財布を取り戻してくれたという小さな借りがあった。


 何か礼をさせてくれというアマンテスの言葉にノーと答える母禮であったが、その日は季節も冬に近く、日も暮れかけていたので一晩泊めてやろうとして、夕餉の席で思わずこんな言葉を漏らした。

「魔術師や錬金術師であれば、なんでもできそうだなぁ」と。 


 季節は秋で一一月の事。

 財布をスラれたという少年の為に財布をスッた犯人を捕まえた時、母禮は酷く感謝された。


「いや、助かった。現金だけでなく、カードも入っていたしな。本当に助かった」

どこか安心しきった表情を浮かべる少年に「いやいや」と母禮は苦笑する。

「何、偶然みかけただけだよ。しかし、見つかってよかったよ。にしても会津へは何をしに来たんだ?」


 という問いに「それがな」と少年は深く溜息を吐いた。

「俺はとある欧州の魔術結社のボスなんだが、その仕事もあっていい加減疲れてだな。それで前々から気になっていたジャパニーズフードという物と温泉を堪能したいと思ってここにきたのだ。ここは水も美味ければ景色もいいと下っぱから聞いてな。」

「成程、それはあながち間違っていないな。……で、今宵の宿は決めたのか?」

「いや、それがこんなアクシデントに巻き込まれたからな。まだ決めていない」

「ふむ」と母禮は数秒悩み、「だったら」と提案した。

「おれの屋敷に来るといい。温泉もあれば、晩飯も出そう。」

「本当か?」


 子供の様に目を輝かせるアマンテスに「ああ、いいぞ!」と胸を張った母禮。こうして、温泉に浸かり、夕餉の時間となった時に2人で席に着いた時だった。


 初めてみる日本食に目を奪われ、欧州で詰め込んできた「いただきます」という挨拶をやってから、煮物をもぐもぐと口に含んでは声を上げる。

「美味いな。向こうじゃ贋作しか味わえないからな、やはり本場のは美味いものだ。」

「それはよかった」


 今晩は珍しく兄である敬禮が家を留守にしていた為、2人だけだったのだが、料理の大半を平らげたアマンテスが口を開く。

「しかし、本当に礼はいいのか?お前にとって些細な事でもこちらは大助かりなんだ。美味い西洋料理が食いたいとか、旅行をしたいだとか何でもいい、全て叶えてやろうじゃないか。」

「……さっきからその言葉を何度も聞いているのだが。そういえば……あまんてす?は欧州にある魔術結社のボスなのだろう?」

「……人の名前をカタコトで言うな。ああ、無論そうだとも。『地を這う蛇』の権力は多大なものでな。世界中の魔術師を動かす事だって可能だ。」

「ふむ……なんだか凄いような……」

「『ような』ではなく、凄いのだ。魔術にも色々と種類はあるが、回復からおまじないといった些細なものから戦闘に使える大規模な術式もある訳だ。核兵器やそういったものがなくとも、それを叶えられる……魔法などと言ったら幼く陳腐ではあるが、そう遠くもない代物だ。」

「ふーむ。」


 そう言っては味噌汁を啜れば一言、酷くいたいけな冗談の様に苦笑しては言ってみせた。

「魔術師や錬金術師であれば、なんでもできそうだなぁ」

「だからそうだと言っている。お前は何か叶えたいものとかあるのか?」

「ある、と言えばあるかな。」

「聞いてもいいだろうか?」

「うむ。力が欲しいのだ」

「力?」

「ここ大鳥家ではな、珍しい呪いがある。」

「ほう」


 「それはどんな呪いだ?」と答えを促されれば、さらりと何もないように答える。


「非現実的な現象でなければ何でも起こせる。例えば、これは父様の能力だが重力に関しての干渉ができるといったものだ。」

「……それもなんだか反則的ではあるが……成程。しかし、お前にそういうものはない訳だな?」

「そういう事になる。けど、どうしても欲しいのだ。」

「何故だ?」

「報復の為、人を殺す為だ。」

「……」


 時が止まる

 カチャカチャ、と食器の音だけが響き、無表情となりながらも食事を終えたアマンテスは「ご馳走様」と手を合わせては言った。

「そんなお前にいい物があると言ったらどうする?」

「?」

「復讐を遂げる為の道具の話だ。お前がまだ『呪い』に縛られていないなら、『それ』と共に誓約を結べばいい」

「???」

「解らんか。まぁいい」


 やれやれとした顔で答えては、アマンテスはポケットから宝石の破片を取り出し、コツコツと配置しては何かを唱え始めた。

「主よ、どうか我にチカラを与え給え。我は無力なりけるども、毎夜天使に誓い、此処にまた誓うと。どうか我にチカラを与え給え。この祈りは傾国の美女によって答えを導き賜うす。」


 すると、魔法陣が床に出現し、そこから鈍色の十字架が現れれば、アマンテスはそれを手に取る。

「こいつはスレイヴという、謂わば魔剣なのだが、別名では『傾国の女』と呼ばれる特殊な物だ。」

「『傾国の女』……?」


 頭にはてなマークを浮かべていれば「ようするに、だ」とアマンテスは言う。

「お前の『呪い』を願いとして叶えてやる。そこまで復讐を遂げたいと願うのならば、国1つ動かせる気力がないとな。これはその手伝いをしてくれる物だ。本来なら儀式に使われる物だが、戦闘となった時にも普通に剣としても使える。これで、全てを変えてみせろ。」


 そう言われ受け取れば、それはとても重く、冷たかった。まるでその名の通り、国さえも動かしてしまう美女の願いの様に。


 国を動かす程の力を

 ここで、ようやく願いという『呪い』と共に力を手にいれたのだった。


 カシャン、とあの時『呪い』と引き換えに手に入れた力を見ては、それとベットの横に置いては目を瞑る。


 後悔しなかったと言えば嘘になる


 しかしその反面、これが『傾国の女』があったからこそ、今の自分があるのだ。故に問題があるとしたら、暴走の原因。自分が知らない所で兄がしてきた事、そして自身の親を殺した男によく似た男との遭遇。

「果たして……」


 本当に誰が自分の親を殺したのか?

 小さな胸の痛みに少し魘されながらも、眠りについた。


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