極光の月弓(アルテミス)

 エルザは自室で一人、魔宝石を精製していた。

 魔宝石とは魔力の込められた宝石で、用途は火種から簡易魔法など様々である。材料は採掘場で採れる原石が必要なのだが、魔力量が軒並み外れて高い者は地面に転がっている石ころで精製することが出来る。

 エルザは元々保有している魔力量が多い種族であるダークエルフ加え、その中でも天賦の才を与えられた魔術師である。

 もしもの時に備え、極力無駄な魔力を使うことが無いように火種用の石や投げるだけで発動する攻撃魔法を込めた石を蓄える。

 この石を使うことが無かったとしても通貨の概念がないこの魔界では、貴重な魔宝石は物々交換の品物になるので無駄にはならない。本心は物々交換として使用したいが、姉のイルザの身に起こる出来事がそうさせてくれないだろうと直感している。

 「エルザ、入るぞ」

 扉をノックさせ、返事を待つグレン。

 「・・・どうぞ」

 「ちょいと、頼みがあるんだけどよ」

 そう言うと背負っている麻袋から小瓶を取り出した。中にはどろりとした黄色い液体が入っている。

 「・・・これは?」

 「“鴉喰花(からすばみはな)”っていう植物の消化液だ。こいつを使って魔宝石を作ってほしい」

 イラエフの森に生息している危険な植物の一つ“鴉喰花(からすばみはな)”鳥類を引き寄せる香りを撒き、近づいてきたところを黄色い花弁が猛獣のように獲物を喰らう。

 獲物を捕らえた後は神経毒が含まれた消化液で拘束し、養分にする。

 神経毒は大型の魔獣でも即座に麻痺させる程の強さである。なので、魔宝石に込めると投げて当てるだけで、相手を簡単に痺れさせることができる。

 「・・・わかった。数はどれくらい?」

 「とりあえず渡した小瓶で作れるだけ頼む」

 「・・・ん、それなら五個ぐらい作れる」

 「さんきゅ、それだけあれば充分だな。んじゃ、俺はまた見回りと罠の確認してくるわ」

 グレンは見回りを毎日欠かさず行っている。

 それはきっと私たち姉妹の為。

 召喚主を守る為。

 私はグレンのことは嫌いではない。むしろ、好きな部類の性格だ。

 だけど。

 なぜそこまでして私たちを守ろうとするのかわからない。

 姉さんはきつく当たるけど信頼していると思う。

 それはそれで悪いことではないと思う。信頼関係が無ければ戦いでは連携が取れなくなる。

 だから。

 私だけでもグレンに対しての警戒は怠らないでおこう。

 魔宝石を精製しながら、エルザは心の奥底にある不安を拭うように静かに決意する。


日が沈み黄昏を迎えるイラエフの森。大鷲の姿をした大男と巫女装束の少女は森を進む。

「そろそろいい頃合いだろ。俺様は一気に突き進むがお前はどうする?」

「私は特に何が出来るわけでもないので、待機してるです」

淡々と冷たく返す。少女と出会った時からこの話し方だったので、特に気にすることはなかった。

 「そうかい、んならちょっくら行ってくるか!」

 背中の翼を広げ、力強く羽ばたかせる。風圧が木々を激しく揺らし森の動物たちは、嵐の様な風に恐れおののき姿を隠す。

 大男の左手には鈍い黄金色に輝く“極光の月弓(アルテミス)”が握られている。

 丸太のように鍛え上げられた足で大地をめいいっぱい蹴り、大空へ飛び立つ。

 「行った・・・ですね」

 少女は虚ろな瞳で空へ飛び立った大男を見送り、暗い森の中へと姿を消す。

 (話し方はもう慣れたが、何考えてんのかさっぱりだな)

 どこまでも見渡すことのできる魔眼“鷹の目(ホークアイ)”で森に消えた少女を見つめる。

 (突然現れて武器コレクトの手伝いをするって言って、この弓を渡された時は驚いたけどよぉ。一体どこでこいつを見つけたんだか・・・)

 大男と少女は特別仲がいいという訳ではなかった。趣味の武器集めにただついてくる少女、弓を貰った恩もあり彼女の身は守る。意思も尊重しようと思っていたが、何かを主張することは無く黙々と付いてくる。

 唯一主張したのは、今さっきの襲撃に同行しないという意思表示だけだった。

 (奇妙なガキだぜ・・・)

 考え事に耽っていると、森の中の小屋が近づいてきた。ここから先は罠が多数仕掛けられており、たとえ空中に居ても複数の糸が凧のように漂っていて油断できない。

 不規則に動く糸を次々と躱し、射程圏内に近づく。

 “極光の月弓(アルテミス)”に魔力を込め、炎の弦と矢を生成し天に向かって射貫く。

 一筋の炎の矢は空中で弾け、流星のように無数の矢が小屋に向かって降り注いだ。

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