第二話 燃える黄昏
投擲
召喚を受け魔界に突如として現れた人間、グレン・フォード。
成り行きとはいえ、行く宛も記憶もない彼と共同生活をすることになったダークエルフ姉妹のイルザとエルザ。
実年齢は天と地の差があるダークエルフと人間だが、時間の感覚で言うとそれほど精神年齢は変わらない。
変わったとするならば、グレンと生活を始めて約五日。イルザの彼に対する呼び方が“君”から“グレン”に昇格したことぐらいだった。
時々生意気な口を利くグレンだったが、まき割りや水汲み等の力仕事や、小屋周辺の見張りなど姉妹の身辺警護に精を出す。その成果もあり、イルザはグレンを認め一人の人物として高く評価している。
一方エルザは、グレンと初めて会った時からそれなりに懐いたようで、話し相手になってもらったり、グレンの作る罠に魔法をかけてより強力なものにしたりと、そこそこ仲よくしている。
ちなみに風呂覗きは初日以降、トラウマになったのか覗きに来ることは一度もなかった。
ここ五日間で得た情報は多くはなかった。
まず始めにイラエフの森にあった祭壇について。父が残した書斎にそれらしい記述がある本が一冊だけ見つかった。しかし本の状態は酷く、ページとページが引っ付き、インクは滲み、おまけに開いたと思えば紙が崩れ落ちるという悲惨なものだった。
かろうじで解読できたのは、祭壇に辿り着くことが出来るのは、祀られているものにまつわるものによって導かれた者のみが、祭壇に訪れることが許される。とのことだ。
イルザの手にした剣、“妖精の輝剣(アロンダイト)”はその名の通り妖精によって造られた剣なので、妖精に選ばれ、導かれたイルザは祭壇に辿り着くことが出来た。
そして“妖精の輝剣(アロンダイト)”の性質についてもいくつか分かったことがある。
グレンが召喚された際に口にした、あらゆる形を持つという性質についてである。何度か剣を出してみたはものの、普通の剣と何ら変わりはなかった。
実験がてら、剣を出した状態で魔力の込め方。つまり、剣の形のイメージを紋章に伝えると、それに応えるように蒼白に光りだし長剣から短剣、レイピアなど魔力量によって様々な形に変化する。
更に驚くことにどんなに形が変わっても、質量は見た目通り、しかし持ち主が一番扱いやすいと感じる重さを保ったまま形が変わるという性質を持つ。
なので同じ身の丈の剣に変化させても、片手で容易く振り回せてしまうという凶悪極まりない性質を持っていた。
ダークエルフの膨大な魔力量とイルザ自身の運動能力の高さが見事にマッチしている非常に相性のいい武器だと判明した。
「ほんと、手に馴染みすぎて昔から使っているような感覚だわ」
午前中にまき割りや水汲み、木の実の加工を終わらせ昼食をとった後、グレンとイルザは小屋の広い場所で“妖精の輝剣(アロンダイト)”を手に取って扱い方を研究している。
「最初に比べると剣を一瞬で出せるようにもなったしな。これで戦いになってもある程度は対応できそうだな」
グレンは腕を組み満足げな笑みを見せる。その腕の先、右手にはイルザと同じ彼岸花のような紋章が浮かんでいる。イルザは自分の右手を見てふと疑問が浮かび上がった。
「思ったのだけれど、グレンの右手にも私と同じ紋章があるわよね。ということは私と同じように“妖精の輝剣(アロンダイト)”を扱えるのかしら?」
「え? ん、ま、まぁ出せるには出せるけど」
グレンの紋章が輝きだし蒼白の粒子が剣を形作る。手にしている剣はイルザと全く同じの“妖精の輝剣(アロンダイト)”だった。
「どうして出せるのを黙ってたのよ」
いともたやすく剣を出して見せたグレンに対し、衝撃を受けたがすぐに平静を保ち、ジト目で今まで隠していたことを鋭く問う。
「魔力を持って無いから出し入れする程度しか扱えねえんだよな。それに、いくら自分の手に馴染むといってもセンスが無いから使えないも同然。ていうことで黙ってたすまん!」
剣を収めて、すまんすまんと笑い顔で謝罪する。
本当に私たちを守る気があるのかしらと額に手を当ててため息をつく。グレンと出会ってからため息を吐く機会が増えた気がする。
「罠を張る以外で何が出来るの? 守るって言ったからにはそれなりには戦えるのでしょ?」
「投擲は得意だな。ダーツとかナイフなら急所をピンポイントで狙えるぜ」
接近戦はやっぱり駄目なのね・・・と小声で残念そうに呟くイルザ。
(ナイフ・・・?)
剣のバリエーションに短剣があったことを思い出す。そして以前にグレンが風呂を除いた際、剣に爆裂魔法を付与して投げつけて撃退したこともあった。
つまり、生成された剣は投げる等をして手元から離れたとしても、形を保つことが出来る。そして剣自体に爆裂魔法など何かしら付与することが可能である。
「ねぇグレン、剣の形を変えることは出来るのかしら?」
この問題点さえクリアできれば、罠を抜けて襲撃された時に戦力として数えることが出来る。
「イルザみたく一回の生成で何度も変化させるのは無理だけど、一度だけなら大きさを変えることはできるぜ?」
ここまで言ってグレンもイルザの質問の意図に気がついた。なるほど・・・と、ニヤリと笑みを浮かべる。
試しに“妖精の輝剣(アロンダイト)”を生成し、刀身を一五センチ程の大きさに変化させる。人差し指と中指で挟み投擲の態勢をとり、一〇メートル先の木に向けて投げつけた。
短剣は速度を落とすことなく木に深く突き刺さり、蒼白の粒子となって消える。
「やるじゃない!」
と、歓喜の声をあげるイルザは手の平を差し出し、グレンは自信たっぷりの表情で心地よい音のするハイタッチを交わす。
「へぇ、あれがお前の言うアロンダイトとかいう妖精の剣か」
イラエフの森の先にある山。山岳地帯にたたずむ二人の影があった。
一人は筋骨隆々の大男、大鷲の頭と翼をもつ魔族。上半身は翼の邪魔にならないよう服は着ておらず、黒いズボンだけを身に付けている。
その半歩後ろに水色を基調とした巫女装束を装い、ウェーブがかかったその髪はサファイアのように美しく、リボンのように後ろに結っている。見た目はまだ幼い人間の少女である。
「はいです。貴方様にお渡しした“極光の月弓(アルテミス)”の兄妹武器です」
少女は幼くも淡々と冷たい声で返す。
男の左手には鈍く光る黄金の弓が握られていた。
「はっはっ! 俺様の武器コレクションにはうってつけの代物じゃねぇか!」
豪快に大声で笑い飛ばす。大男の瞳は数十キロメートル先の“妖精の輝剣(アロンダイト)”を捉えていた。
「随分と厳重に罠を張ってるみたいだが、俺様の眼は誤魔化せないぜ」
イラエフの森に仕掛けられている罠を次々と、鋭い瞳で探り当てる。
「襲撃。するですか?」
「ああ! だが、夜まで待つ。俺様は夜目も利くからな、寝込みを襲い混乱しているところをこの弓で一気に叩く」
大男は翼を広げ、少女を抱えて麓まで降りる。
戦いの幕は今か今かと、切り落とされるの待っている。
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