食卓と湯けむりと団欒と

「お邪魔しますよっと・・・」

深紅のフードで顔を隠した少年、グレンは小声でダークエルフ姉妹の住む家の扉を開け中に入る。

日は沈み、薄暗い玄関は明かりはついていなかった。

「・・・誰?」

 手持ちの燭台を持つ、どこか儚げな赤みがかった銀髪の少女が突然侵入してきた人影に声をかける。

「俺はグレンっていうんだ。イルザ・・・君のお姉さんからは聞いてないかい?」

勝手に家に入ったことを悪びれるそぶりも見せず堂々と自己紹介する。エルザはしばらく考え、イルザが外から帰ってきた時に騒がしかったのを思い出した。

「・・・姉さんからは何も聞いてないけど、知り合いよね?」

「まぁそんなところかな? しかし、姉妹なだけあって似てるな」

「・・・そう、かしら?」

背はグレンの肩ぐらいまでで、同じ身長の姉とは違い小柄な背丈。赤く輝く魔界の月のような銀髪。それ以外は姉とそっくりの整った美しい顔立ちと凹凸のしっかりとしているボディライン。

「どうしたの? って、やっと戻ってきたのね」

「主様を守るための罠をいくつか仕掛けてきたんだよ」

グレンの主、イルザは奥の扉から顔を覗かせ玄関の燭台に魔法で火を灯す

グレンはフードから顔を出し、糸の様なものを取り出す。玄関の扉に木片を括り付けた。

「・・・あるじ? わな・・・?」

一連の動作と会話を不思議そうに首をかしげて尋ねるエルザ。自分だけ置いてけぼりにされているようで少しだけ寂しくなり眉をハの字にする。

心中を察したグレンはどこから説明したものかと頭を悩ませるが、先に口を開いたのは姉のイルザだった。

「めんどうくさい話は後にして、先に食事にしましょう。今晩のご飯ははハーブグラタンと焼きオグリよ」

「・・・焼きオグリ!」

しょんぼりとしていた表情からパァっと花が開くように笑顔を見せるエルザ。おとなしく言葉数が少ないが感情表現は豊かな妹は、はっきりと物事を伝える少しだけ不愛想な姉とは対照的だった。

「って! めんどうくさいって酷くねぇか⁉」

「いいから早く上がんなさい、君の分も用意してあるわ」

そう言い残し奥の部屋へと妹と入っていく。唖然としたまま放置されたグレンは腹の虫を鳴らし、渋々いい匂いのする部屋へと入るのであった。


「・・・それで、お揃いの、紋章を、付けているのね」

香草がたっぷり入ったグラタンを食べ終え、楽しみにしていたデザートの焼きオグリをもぐもぐと幸せそうに頬張りながら姉から一連の出来事の説明を受けていた。

「呑み込んでから話しなさい。それで? 玄関に仕掛けたあれは何なの?」

がっつくように食事を素早く終わらせたグレンに飾るように吊るしてある木片について問いただす。

「ふぅ! 旨かったぜ。んで、あの仕掛けは鳴子って言って、一定の範囲内に誰かが侵入してきたら木の板で知らせる。まぁ一種の警報器みたいなもんだ」

「それなら私の魔法で作った結界でも事足りるわよ?」

「臆病者なもんでね、念には念を物理的な罠を張っといても損はないはずさ」

例え魔力で作られた強力な結界であろうと、力のある魔族なら簡単に通り抜けられる。だが、この森に今まで一度も結界を通り抜けるような魔族が来たことは無い。いくら臆病はいえ、そこまでして警戒する理由はあるのだろうか。イルザには分からなかった。

「どうしてそこまで?」

「直感・・・というか憶測なんだが・・・」

バツが悪そうな、言葉をだすのを躊躇うように静かに切り出す。

「これからでかい戦いが始まる。イルザが“妖精の輝剣”を手にしたとき、俺は主を守るために召喚された。理由は記憶が曖昧だからわかんねえけど、少なからずその武器は誰かに狙われる。そんな気がするんだよ」

決して脅しや冗談ではなく、本心から伝えているのは真剣そのものの眼差しが証拠だった。数時まで焼きオグリを次々と口へ運んでいたエルザも、事の重大さを察したのか手を止めている。

イラエフの森に長年暮らしていたイルザですら、あの祭壇の存在を知らなかった。そんな幻の様な場所を、武器を、他の魔族が知り得るのだろうか?

過去に読んだ書物の中にそれらしき記述があったかどうか、思い出しながら最後の一口を運ぶ。

父が残した本には神話、伝奇、歴史など過去に関する出来事を記した書物が多い。もしかすると、まだ読んでいない書物の中に“妖精の輝剣(アロンダイト)”に関するものがあるかもしれない。

「もし、その話が本当なら対策を練る必要があるわね。私としては戦わずに平穏に暮らしたいところだけど」

魔族であるダークエルフだが、他の魔族に比べて戦うことを好まない種族である。そもそもこの魔界では争いごとの類の出来事はあまり起きない。

あるとしても、力を持て余した者同士の喧嘩程度で収まる。力ない魔族はそれぞれ集まって生活する。戦争の原因となるような国や宗教なども存在しない。

そういった面では自由で平和なのだが、全く物騒ではないわけではなく、魔獣や力を求め続ける魔族に狙われてしまうと命を落とすこともある。

秩序の無い場では自分の身は自分で守る。それが魔界の唯一のルールである。

「よし、俺も正面からドンパチするのは勘弁だからな、張れるだけの罠を張って戦う前に潰せるようにはしておきますか」

「・・・罠、仕掛けるの得意なの?」

手を止めていたと思えば皿の上にあった焼きオグリを全て平らげたエルザは、口元を布巾で拭いグレンに問う。

山での暮らしで、生きるために狩りをする必要があったグレンは罠を使っての狩猟が得意だった。玄関に仕掛けた鳴子も狩りの経験で身に付けた技能の一つである。

「生きるために必要だったからな。獣程度なら一歩も立ち入らせない自信はあるぜ」

「・・・すごいんだねグレン」

無表情だったエルザは、また花が開くように微笑みかける。

まったく・・・それの笑顔は反則だろ。と男子の心を一撃で掴む笑顔から目を逸らしつつ。

「そういやイルザから病気だって聞いてたけど体調は大丈夫なのか?」

「・・・姉さんの薬おかげで万全」

そういって力こぶを作る仕草を見せる。華奢な腕はガラス細工のように繊細だった。

「エルザは私みたいに腕っぷしは強くないのよ。その分魔力の保有量は私より多いから魔法を使わせたら怖いわよ?」

か細い腕を見つめていたのがバレたのか、イルザはからかうように諭した。森で手を握り潰されたことを思い出して身震いした。

「ははは・・・そいつはおっかねぇや」

思わず乾いた笑いで返してしまう。

「さてと・・・今日はもう遅いし、お皿を片してお風呂入って今日は休みましょ」

席を立ち三人分の食器をまとめて流しへと持っていく。

「言っとくけど、覗いたら殺すわよ?」

「んなこと考えてねぇし、覗かねぇよ!」

 隙があらばと、覗きの算段を立てていたが、浅はかな下心はイルザにはバレバレだった。


 「・・・姉さん」

 姉妹の住む小屋の裏には天然の温泉が湧いている。丸太で作られた柵で囲い、洗い場は見事な石造りで整っている。姉妹は湯に浸かる前に洗い場で体を清める。

 「どうしたの?」

 褐色の肌を泡が包む。

 「・・・グレンさんいい人だね」

 姉妹揃って、誰もが見惚れる体つきをしている。

 「そう・・・ね、悪いやつではないわね」

 肌はきめ細かく、艶がある。

 「・・・戦い、起きないといいね」

 脚はしなやかで、太ももとふくらはぎのバランスは黄金比といっても過言ではない。

 「うん、思い出が詰まった家だもの。母さんのお墓もあるし、しっかり守らなきゃね。だけど・・・」

 泡を流し、待ちに待った膨らみがいよいよ姿を・・・。

 「・・・姉さん」

 「分かってるわ」

 イルザの右手が蒼白に光り、剣が現れる。

 「殺すって・・・言ったでしょ!」

 その剣は柵と岩の隙間に向けて投擲される。

 「ブラスト!」

 地面に突き刺さった剣は、魔力による爆発を起こしそのまま蒼白の粒子へと還る。

 「そんな使い方・・・ありか・・・よ」

 覗きを実行していたグレンは爆風で気絶し、そのまま朝まで眠ることになるのだった。

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