第15話 注目の的っていうのは居心地が悪い

 葛葉の親戚だと紹介されたからか、はたまた葛葉の脅しが効いたのか、昼休みになったっていうのに誰も僕に近寄ろうとしない。


 転入生や転校生がクラスにやってきたときにありがちな「どこから来たの?」とか、「どこに住んでいたの?」といった質問も、当然されなかった。

 視線は感じるから興味は持たれているんだろうけど、ある一定の距離を保ったままだ。

 

 僕がこの学校にやってきたのは鈴華さんを助けるためであって、クラスに馴染む必要はないんだけど、ちょっと寂しい。


 そんなことを考えていたら、葛葉が席を立って僕に手を差し伸べてきた。


「晴、行くわよ」

「行くって、どこに?」


 すると葛葉は、やれやれといった感じで盛大に溜め息を吐いた。

 

「鈴華のところに決まっているでしょ。時間は二日しかないんだから、今日で一緒に帰れるくらいにはしておかないとね」

「それもそうか」


 僕は葛葉の手を取り、席を立つ。

 教室を出て廊下を歩いていると、あちこちから視線を感じる。


「ねえ、葛葉。なんかすっごく見られている気がするんだけど」

「仕方ないんじゃない? 私と一緒なんだし。まあ大丈夫よ。遠巻きに見ているだけで別に害はないから」


 害はないって……確かに向けられている視線の中に不快なものはない。

 どちらかといえば、憧れや羨望の眼差しといったものに近いかも。


 葛葉は非常に整ったクール系の顔立ちをしているし、親は超がつくほどのお金持ちだ。

 ただ、これだけだと普通なら妬みも買いそうな気がするんだけど、何故かそういった感情を含んだ視線は一つもない。


 おそらく、葛葉の妖狐としての力によるものだろう。

 妖狐には『魅了』という、心を惹きつけ、夢中にさせる能力が備わっているんだ。

 しかも、常時発動しているパッシブスキルみたいなものだから、妖狐の姿でなくても効果があるし、対象は男女関係ないんだからすごいよね。


 葛葉は迷うことなく、廊下を歩いていく。

 廊下のど真ん中を歩いているので必然的に邪魔になるはずなんだけど、他の生徒は葛葉を見た瞬間、モーゼの海割りのごとく両端に分かれて道をあける。

 

「どこにいるのか場所は分かっているの?」

「ええ、今は食堂にいるはずよ」

「昨日の今日でどうやって調べたのさ」


 葛葉が調べる時間はなかったはずだ。

 ホームルームが始まってから昼休みになるまでの間、ずっと僕の隣にいたんだから。


「クラスの子にちょっとお願いしたら調べてくれたの」


 『魅了』の効果恐るべし。


 と思っている間に、食堂についたみたいだ。

 食堂に入ると、食事を摂っていた学生の手が止まる。

 それとなく僕たちを見てひそひそ話をしていた。


「ねえ、あれって一年の……」

「嘘! 食堂に来たことなんてあったっけ?」

「やっぱり綺麗だよね」

「あれ……隣にいる子、見たことないね」

「めっちゃ可愛い!」


 陰陽師である僕は人よりも耳がいいからだいたい聞き取れる。

 隣にいる子っていうのはきっと僕のことだろう。

 可愛い……うーん、バレていないのは喜ぶべきなんだけど、やっぱり素直に喜べない。

 

「葛葉は普段食堂は利用していないの?」


 ひそひそ話の中で気になったことを葛葉に聞いてみる。


「入学してから一度も利用したことはないわね。来たのも初めてかもしれないわ」


 来ただけでこれだけ騒がれるんなら、食堂を利用するのはためらっちゃうよね。

 周囲から視線を感じたまま食事を摂るのは僕も嫌だし……今回は目的があるから仕方ないけど。


 鈴華さんがどこに座っているか探す前に、僕と葛葉は日替わりランチセットコーヒー付きを頼む。

 ブラックは苦手だから、ミルクと砂糖増し増しにしてもらった。


 その間も周囲の視線が途切れることはない。

 むしろ増えた気さえする。

 居心地が悪いから、さっさと要件を済ませてしまおう。


 周囲を見渡すと、食堂の端の方に座っている銀髪の少女の後ろ姿を見つけた。

 一人だけ髪の色が違うせいか、一目で鈴華さんだと分かる。


「葛葉」

「ええ」


 二人で鈴華さんに近づく。


「ここ、空いてるかな?」

「へ?」


 僕が訊ねると鈴華さんは手を止め、僕の顔を見る。

 高杉に見せてもらった画像よりも実物は更に可愛い。


「席が埋まっているみたいで、ご一緒してもいいかしら?」


 続けざまに葛葉が問いかけた。

 かなりの席が埋まってはいるけれど、まったくないわけではない。

 これは前の席に座るための口実だ。


「え……え!? あ、どうぞ!」


 何度も葛葉と僕の顔を見ていた鈴華さんだったけど、直ぐに頷いてくれた。


「ありがとう」


 僕たちは鈴華さんの前の席に座る。


「一人で食べてたのにごめんね」


 顔の前で両手を合わせて言うと、鈴華さんは顔を真っ赤にしながら「いえ……」とだけ言った。


「ごめんなさいね。晴は自分の魅力に気付いていないものだから。可愛いでしょう」

 

 葛葉の言葉に同意するように何度も頷く鈴華さん。

 

「私の魅力って言われてもピンとこないよ」

「ほら、そういうところよ」

「ん? 何のこと?」

「その上目遣いで見つめてくる仕草とか、可愛いにもほどがあるでしょう」

「分かります!」


 葛葉と鈴華さんの言っている意味が分からない。

 だって仕方がないのだ。

 僕は身長が同じ年代の男子よりも――いや、女子よりも低い。

 必然的にどうしても上目遣いになってしまうのだ。

 可愛いと言われても困る。


 でも、これで多少緊張がほぐれたのか、鈴華さんと話ができるようになった。

 お互いに軽く自己紹介をした後、無難な会話を続けた。

 葛葉は下級生のあいだでも有名なようで、鈴華さんは知っていたそうだ。


「へえ、鈴華さんの家って私の家の近くなのね。よかったら一緒に帰らない?」

「私とでよければ、喜んで」


 葛葉はごく自然な流れで一緒に帰る約束を取り付ける。

 実際に高杉から聞いていた家は、葛葉の家と同じ方向なので、嘘は言っていない。


 こうして鈴華さんと一緒に帰る約束をした僕たちの昼食は終わった。

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陰陽師の僕は、最強の美少女妖狐とともに妖怪を退治する 洸夜 @kouya0729

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