第14話 転入初日は最初が肝心……?

 十五分後。

 学校に着いた僕は教室には向かわず、葛葉に教えられた職員室へ足を運ぶ。


 初日にいきなり教室に入るとか有り得ないもんね。


 葛葉の学校だけど、小学校から大学まで同じ敷地にあるだけあって、ものすごく広い。

 教えてもらった廊下を歩いていくと、職員室の文字が見えた。

 扉の前で深呼吸をして心を落ち着かせる。

 

 僕――いや、私は今から土御門晴、女の子になりきるんだ。


 これは鈴華さんを助けるためだと心の中で言い訳をしつつ、勢いよく扉を開けた。


「失礼します。今日から転入することになった土御門なんですが……」


 すると一人の女性が立ち上がり、僕に近づいてきた。

 長い髪を一本の太い三つ編みにまとめている。

 身長は僕よりも高くて、めりはりの効いたシルエットが服の上からでも目立つ。


「はーい。理事長から話は聞いていますよー。一ノ瀬さんと親戚なんだって?」

「ええ、まぁ」


 愛想笑いをしつつ肯定する。

 一ノ瀬というのは葛葉の苗字だ。

 遠方に住む葛葉の親戚というのが僕に与えられた設定らしい。

 

「私はあなたが転入するクラスを受け持っている、担任の朝日奈です。よろしくね、土御門さん」

「こちらこそよろしくお願いします」


 僕はにこにこと笑みを浮かべながら差し出した朝日奈先生の手を握った。

 と同時にチャイムが鳴り響く。

 

「じゃあ予鈴も鳴ったし、早速だけど教室に行きましょうか」

「はい」


 朝日奈先生の後ろについて職員室を出る。

 葛葉の教室に着いたところで本鈴と思われるチャイムが鳴る。


「ここで少しだけ待っててねー」


 そう言ってまず朝日奈先生が中へと入った。

 

「はーい。みんな静かに。日直さん、号令をお願い」

「起立、礼」

「「「おはようございます」」」

「着席」

「はい、おはようございます。もう知っている人もいるかもしれませんが、今日からこのクラスに新しい同級生が加わります。――土御門さん、入ってきて」

「はい」


 教室に入っていくと、好奇に溢れた視線が僕に集中した。

 クラスの人数が三十人くらいかな。

 それ自体は僕の学校と同じだけど、違うのは全員が女の子だということだ。

 バレてしまわないだろうかと、心臓がばくばく音を立てている。


 葛葉は――いた。

 一番奥の窓際の席だ。

 にこにこしながら小さく手を振っている。

 

「彼女が転入生の土御門晴さんです。えーと、簡単に自己紹介をお願いできる?」

「は、はい」


 一歩前に出てペコリと頭を下げる。

 

「土御門晴と言います。家の都合もあって短い間ですが、よろしくお願いいたします」


 特に何も考えていなかったから、ホントに無難な挨拶になっちゃった。

 って、うわっ!

 皆、ジッと僕の顔を見ている……は、恥ずかしい。

 

「か、可愛い……」

「だよねー! こう、ギュってしたくなっちゃうというか」

「分かるー!」


 皆が一斉に頷いている。

 いや、分かるって言われても困るんだけど……。


「みんな静かにー。ごめんね、騒がしいクラスで。普段はそうでもないんだけど」


 おかしいなぁ、と三つ編みを揺らして首を傾げる朝日奈先生。


「そうそう、土御門さんの席だけど、一ノ瀬さんの隣ね。親戚なんだし、知っている人の近くの方が安心できるでしょう?」

「あ、ありがとうございます」


 正直言って非常に助かる。

 慣れるまでに時間がかかりそうだし、葛葉が近くにいないとどこかでボロを出してしまいそうで怖い。


「え! 土御門さんって一ノ瀬の親戚なの!?」


 僕の一番近くに座っていた子が前のめりになって尋ねてきた。

 あまりの迫力に思わず一歩後退る。

 近い、近いよ!

 

「そ、そうだけど……」


 ――ん? 一ノ瀬、

 なんで同級生なのに様付けなの?


 僕が肯定すると、みんな一斉に葛葉の方へ顔を向けた。

 しかし葛葉は笑みを微動だにさせず、ゆっくりと口を動かす。


「晴は私にとって大切な子なの。そうねぇ、質問や軽いスキンシップまでだったら大目に見てあげるけど、それ以上は――分かっているわよね?」


 寒っ!

 一瞬だけど教室内の温度が下がったような感覚に襲われる。

 葛葉が力を使った素振りは全くないにもかかわらずだ。

 ある種の脅しとも取れる問いかけに、三十人がほぼ同時に頷いている。


 うん、何となく葛葉のクラス内での立ち位置が分かったような気がする。


 葛葉は皆が頷いたことに満足したのか、僕を見てこっちこっちと笑顔で手招きしていた。


 まったく……。

 僕は苦笑しつつ、葛葉の隣の席に向かうのだった。

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