第13話 なんで僕はこんなところにいるんだろう?

 そして翌日。


 見上げた空は雲ひとつなく、どこまでも透き通るような青空が広がっている。

 つまり快晴だ。

 背伸びをして朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。

 うん、気持ちがいい。

 普通だったらこんな日は気分よく登校できるものだけど、僕の足取りはすさまじく重い。

 理由は単純明快だ。

 僕は元凶となっている人物に声をかける。


「ねえ、葛葉さん」

「なにかしら?」

「僕たちは今どこに向かっているんだっけ?」

「学校に決まっているでしょう」


 制服美少女こと葛葉は、「何を言っているの?」とでも言いたげな視線を僕に向けている。

 違う! 僕が聞きたいのはそんなことじゃないんだ!


 普段、僕は葛葉と一緒に登校することはない。

 僕が通っている高校と、葛葉が通っているお嬢様学校の場所が真逆の位置にあるからだ。

 どちらかの学校まで一緒に行ってからだと、片方が遅刻してしまう。

 多少本気を出せば間に合うんだけど、朝は同じように登校している生徒や出社途中の社会人も多くて人目につきやすい。

 そういった理由から朝は別々に登校して、下校時に場所を決めて落ち合うようにしているんだ。


 じゃあ、なんで今は一緒に登校しているのかという話に戻る。

 行き先は学校だ。

 ただし、僕が普段通っている学校じゃなく、葛葉が通っている学校に・・・・・・・・・・・


「学校は学校でも、なんで葛葉の学校に……あっ!」


 葛葉に抗議しようとしたら、前から見たことのある学生服を着た二人の男子が歩いてきた。

 同じクラスの斎藤くんと木佐貫くんだ。


 まずい!

 僕だと気づかれないように顔を俯きながら歩く。

 五メートル、三メートル、一メートル――そして。

 二人が僕たちとすれ違う。

 

 はぁ~。

 良かった、僕だと気づかれなかったみたい――。


「おい、さっきの子達、すっごい可愛くなかったか!?」

「だよな? 二人とも・・・・ヤバすぎだろ!」


 後ろからテンションの高い声が聞こえてくる。


 うん、葛葉が可愛いのは僕も同意するよ。

 まったく以てその通りだと思う。

 だけど、二人ともって……。


「ふふ、良かったわね。晴」

「全然よくない! クラスメイトに気づかれないとかおかしいでしょ!」


 涙目になりながら抗議するも、葛葉はお腹を押さえてくっくっと笑っている。

 笑い事じゃないよ……。


「それだけ晴の姿が似合っているってことでしょう。クラスメイトに晴明だと分からないほどに」

「ぐっ……!」


 そう。

 今の僕は葛葉と同じ制服を着ている。

 もちろん昨日のウィッグをつけた状態で。

 いや、昨日はまだ知らない人ばかりだったし、男だと気づかれないのも分からなくはない。

 だけどさ!

 斎藤くんも木佐貫くんも毎日顔を合わせているんだよ?

 毎朝「おはよう」って挨拶しているし、休憩時間に話だってする。

 それなのに気づかないなんて……うぅ。


「泣かないの。せっかくの可愛い顔が台無し――って、被虐に満ちた表情もいいわね」


 目を輝かせながら葛葉が言う。

 思わず後退りしようとしたけれど、がっちりと手を繋がれているので無理だった。

 傍から見れば可愛い女の子二人が仲良く登校しているように見えるのか、人とすれ違うたびにさっきと同じ反応をされる。


「……そもそもさ。なんでこんな格好して葛葉の学校に行く必要があるの?」

「もちろんよ。鈴華だったかしら。その子と接触するって決めたばかりでしょ。忘れちゃった?」

「覚えてるよ! ただ、学校に潜入する意味が分からないんだよ。学校帰りとかに声をかけるとかじゃ駄目なの?」


 昨日の葛葉の言葉から、僕はそうだとばかり思っていたんだ。

 それなのに帰って直ぐに「明日はこれを着なさい」って渡されたのが、葛葉の制服だった。

 

 首をひねる僕に向かって、


「私の通っている学校は女子高。つまり男の子に対して耐性がないの。私の隣に晴明がいたら緊張しちゃうでしょ」


 うーん。

 葛葉が言うことにも一理ある。

 小学校から今までずっと女の子だけで過ごしてきたんなら、歳が近い男の子との面識も全くないか、限りなく少ないはずだ。

 そう考えると、確かに驚いて警戒してしまうかもしれない。


「百歩譲ってそこは分かったけど、いきなり知らない生徒がいたら学校にバレるんじゃ?」

「ああ、それは大丈夫」


 自信満々に葛葉は頷く。


「大丈夫ってどういうこと?」

「晴は今日と明日だけ転入生ってことになっているからよ。もちろん、私と同じクラス。嬉しいでしょう?」

「え……」


 葛葉の言葉に僕は絶句した。

 たった一晩でどうやったらそんなことが――って、まさか!?

  

「お父さん?」


 僕がそう言うと、葛葉はにこりと微笑んだ。


「そう、お父様にお願いしたのよ」


 ――やっぱり。

 葛葉のお父さんは、彼女が通っている学校に多額の寄付をしていて顔が広く、ある程度の融通はきいてもらえるらしい。

 それにしても、たった二日だけの転入を許可できるって、いったいどれだけ寄付しているんだろう。


「晴の学校の方までは手が回らなかったけど、二日だったらなんとでもなるわよね?」

「まあ、二日くらいなら」


 テスト期間中ってわけでもないし、皆勤賞を狙っているわけでもないから、どうとでもなる。


「そう、なら良かったわ」


 きゅっと僕の手を握る力を強めた葛葉は、「さ、行きましょう」と言って歩き出した――のだが、突然立ち止まる。


「そうそう、女子高だからといって他の女に気を取られちゃダメよ。晴には私がいるんだから」


 命令口調だけど、小さく頬を膨らませているところが何だか微笑ましい。

 

「当たり前だよ!」


 僕がハッキリ答えると、葛葉は嬉しそうに微笑んだ。


 僕の傍にいる女の子は葛葉だけでいい、そう決めている。

 んー、ちょっと違うか。

 葛葉がいいんだ。

 今までも、そしてこれからも。

 恥ずかしいから本人には面と向かって言えないけどね。


 そんなことを思いながら葛葉の学校に向かった。

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