第2話 終点バスターミナル 「星が丘ニュータウン中央」
僕とミハルは肩を並べてニュータウンのゆるい下り坂を進んで行く。
ここからは自転車に乗れば下り坂のボーナス付だ。バス停で三つ先のミハルの家まであっと言う間に着く。だからこそ自転車に二人乗りで行くという選択肢もあったし、実際昔はミハルとよく二人乗りでこの坂を下った。
しかし、僕たちは今日は歩いて僕のマンションのエントランスをそのまま通り過ぎる。
「…… キタウラさん、文化祭の準備忙しい?」
僕はぶらぶらと歩きながらどうでもいい質問を投げた。ミハルから質問されたくないので、こちらから先手を打ってとりあえず思いついたことをそのまま聞いてみる。もうちょっとましなこと聞けねーのかよ、と思うが、僕の頭の回転ではこれが限界だ。そんな都合よく話の接ぎ穂なんて咄嗟に見つかるもんじゃない。実際ミハルと会話しようとすると、あらゆるところに地雷が埋まっていて、呼びかけ一つにも気を遣わないといけない。
「うん。今年は文実でお店出すからねー」
ミハルは文化祭実行委員会に入っている。GW明けから始まった文化祭実行委員会の活動も大詰め、忙しくて当たり前だ。文化祭まであと三週間しかない。
「今日は委員会なかったの?」
「なかった。まだ活動日は週2回だけなんだ。来週後半あたりからもっと忙しくなりそうだねー」
「へえ。そりゃ大変だなあ」
「まったく、なんでそんなにひとごとなのよ。杉津くんも手伝ってくれていいんだよ?」
「うーん、遠慮しとく。あのイケメン委員長があんま気に食わない」
言ってしまってから「ヤバい、余計なこと言った」と思った。こういうところで余計なこと言うからだめなんだよなあ、僕は。
「委員長って古田くんのこと? どうして気に食わないの?」
案の定ミハルが食いついてきた。
そりゃ、おまえと噂になってるからに決まってる、とは口が裂けても言えない。
「とってもいい人だよ?」
――― !!
やべえ、聞かれたくないことをガードするために、余計なことを言って、さらに聞きたくないことを耳にしてしまった。これじゃ本末転倒もいいとこだ。ホント、バカだな、僕って。
「もうこの話題はいい。次の話題に行け」と脳内で指令が出る。ミッションに基づいて次の話題を必死にスキャンした。
学校の近くにできた新しいラーメン屋の話。
――― 女子にする話じゃないだろ。だめ、却下。
アヤネがスピード違反で捕まった話。
――― ネタとしては面白いけど、後でアヤネからクレームが入ると面倒だ。却下。
僕の中間テストの数学が壊滅的にダメだった話。
――― 今さらすぎて「またなの?」と呆れられて終わりだ。却下。
中学時代の思い出の話。
――― 一番ダメだろ! そんなもん候補にすら入らねーよ、普通は。何考えてんだ。死ね。
割と真剣に悩んでいると、先にミハルの方から声をかけてきた。
「ねえ、杉津くん。サナエちゃんと ……、デートしたんでしょ? 上手く行きそうなの?」
――― !!
かあああぁぁ、ほーら、もたもたしてるから聞かれちゃったじゃねーかよ、バカ!
僕は自分のトークスキルのなさを呪った。
しかし、この質問は避けて通れないし、いつかはミハルに言っとかなきゃいけない、とは思っていた。ミハルもどうやら聞きにくいことを聞いているという自覚があるらしい。少し居心地悪そうにしている。
僕は覚悟を決めて、ミハルに向き合った。そしてまっすぐ彼女の目を見て、口を開く。
「なあ、ミハル」
思わず口を付いて出てしまったが、もうこれはしょうがない。開き直ってそのまま言葉を続ける。
「今日、たぬき坂上のバス停で俺を待ってたのって、それ聞くためなのか?」
ミハルはちょっと困ったような表情をして僕から顔をそらし、進行方向を向いた。並んで歩く僕たちの眼前には、星が丘ニュータウン中央のバスターミナルが見えてきている。バスターミナルの周りには中型の食品スーパーYマートと喫茶店やファストフードのお店がいくつか並んでいて、夕暮れ時の街中にきらびやかな光をばらまいている。
秋の夕暮れは短い。もう周囲には夜のとばりが下りてきている。ミハルの表情も、薄暮が連れてきた陰影に紛れて少し読み取りづらかった。
「聞けたら聞こうかな、とは思ってたよ。だって、ほら、一応さ、私が仲を取り持った形になってるじゃない?」
そう言ってミハルはため息をつきながら自分のつま先を見つめる。
すでに僕たちは月の瀬神社、星が丘中学前、星が丘六丁目とバス停三つを通り過ぎて来ていた。このニュータウンの中は割とこまめにバス停があるから、バス停三つと言っても一キロメートルも歩いていない。
「カズヤくん、…… あ、えーと、杉津くん、サナエちゃんのこと、迷惑だった …… よね?」
僕は、ミハルのセリフに一瞬耳を疑った。ミハルも言い間違うことあるのか、と軽い衝撃を受ける。
高2の春、僕たちの間柄は曲がりなりにも復活した。それ以降、僕がうっかり「ミハル」と呼んでしまうことがたまにあるのに対して、ミハルは僕を「カズヤくん」と呼ぶことを完ぺきに封印していた。ミハルのガードは鉄壁だった。
てっきりミハルの中では、もうすべてがなかった事にされているもんだと思っていた。
ミハルも忘れたわけではなかったんだ …… 。
完全になかった事にしていた訳ではなかったんだ ……。
それを考えると、少しだけ気分が軽くなる。
僕たちはバス通りから外れて、両側に瀟洒な一戸建てが並ぶ住宅街の中に足を踏み入れる。次の角を曲がって三軒目の白い家がミハルの家だ。
「迷惑なんてとんでもない。サナエちゃん、とってもいい子なんだ。大人しいけど、喋ると明るくて面白いし、楽しいし、勉強もできるし。でも、いい子だとは思うけど ……」
比べちゃうんだよ。
いや、分かってるって。そんなことしたらダメだって。そんなことしても無駄だって。サナエちゃんに失礼すぎるって。そんなの ……、自分でも分かってる。
でも、やっぱり ……、比べちゃうんだよ。
「…… そうなんだ。…… やっぱり、断るの?」
「まだそういう話になってない ……、なってないから困ってる。先回りして断るのも変だし、どうしたらいいものか、…… 悩んでる」
「…… 私から言っとこうか? それとなく」
「ミハルが言ったらおかしくなるだろ。俺がなんとかしなきゃ …… だめなんだよ」
「…… カズヤくん、ごめんね。私が考えなしだった ……」
ミハルは、今度は呼び方を言い直さなかった。
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