伝説の魔王である俺、小学校に入学する
けろよん
第1話
皆さんはご存知であろうか。かつてこの世界はファンタジーの世界だったことを。
その世界では恐ろしい魔王と彼の配下の魔物達が暴れ、人々の暮らしは危機に瀕していた。
だが、希望は現れた。
立ち上がった勇気ある人間達と神々によって、魔王とその配下の魔物達は討伐され、世界は平和になった。
勝利したみんなは喜んで宴を開いた。
しかし、人々は知らなかった。魔王は完全に滅んだわけではなかったのだ。再び力をつけるために眠りについただけだったのだ。
それから時は流れ、伝説が風化して忘れ去られようとする神話となった現代。
魔王が蘇り、再び世界に魔の手を伸ばそうとしていた。
どこにでもある現代の平凡な町がある。その町はずれの山頂にとんでもないお金持ちが住んでいそうな豪華な屋敷が建っている。
敷地はとても広く、門から屋敷まではかなりの距離があり、庭には噴水やバラの庭園があり、駐車場には高級車が何台も止まり、ヘリまである。屋敷はまるで貴族の所有する御殿のよう。
そのセレブな屋敷に住んでいるのは当然ただの一般人では無く……人間ですら無かった。
ここに住んでいるのは魔族だった。そして屋敷の主は魔王だった。
魔王は今まで長きに渡って眠りについていたが、ついに目覚める時が来た。
「ふむ、よく寝たな」
屋敷の奥まった場所にある薄暗い大広間。その最奥の松明の炎が照らす祭壇のように設えられたベッドで、魔王である俺は身を起こした。
体の動くことを確認し、周囲を見る。
配下の四天王や魔物達はもうみんな起きていて、主である俺が目覚めるのを待っていた。
「おはようございます、魔王様。あなた様のお目覚めになる時を皆で心待ちにしておりました」
「うむ、おはよう、諸君」
四天王は参謀なのや武人なのや残忍なのや妖艶なのがいる。魔物達はモンスターぽい奴らだ。
俺は変わらぬみんなの顔を見渡して言った。
「皆は起きるのが早かったのだな」
「魔王様の魔力は膨大ですから。その分だけ時間が掛かったのでしょう」
「そうか。俺はどのぐらい寝ていた? 今は何時代だ?」
「もう縄文時代や江戸時代も終わって、平成も終わろうとしている時代でございます」
「そうか、よく分からんがとにかく長い時代が経ったようだな」
俺はとりあえずこれからの行動を決めるためにも、今の時代のことを聞くことにする。
側近達の話では今の時代はみんな学校という場所に通わないといけないらしい。
「学校か。そこにはこの魔王も通わないといけないのか」
「はい、全員の義務でございますから」
「今の国のリーダーである総理大臣も学校には通ったとか」
「我々の現代の知識も学校で得たのでございます」
「再び世界の頂点に立つためにも通われた方がよろしいかと愚行いたします」
「ふむ、そうか。では、俺も通うとするか。その学校とやらに」
「ははっ、準備はすでに整ってございます」
側近達の勧めを聞いて、魔王の俺は目覚めた現代で学校に通うことを決めたのだった。
町中にある平凡な小学校。そこが俺が通うことになった角川市立カクヨム小学校だ。
ここに来るまでに現代の町並みを目にしたが、道があって建物があって乗り物がある。俺の知っているファンタジーの物から形は変われど、人々の営みはそう変化するものではなかった。
信号を渡ろうとしたらトラックが突っ込んできたのにはびっくりしたが。
赤は渡るなと言うならもっと早く教えて欲しかったものだ。おかげで朝からトラックを吹っ飛ばすのに余計な力を使ってしまった。
まあ、終わった些事などどうでもいい。これからメインの用事がある。
正面の門から堂々と乗り込む俺。魔王である俺をガキどもが興味深そうに見ているが気にすることではない。
俺は何者にも動じず歩みを進める。
学校に入った俺を出迎えたのは、ふんわりした優しい感じの女教師だった。
「あなたが魔王君ね。わあ、おっきいね」
「魔王だからな」
「話はお家の方から伺っているわ。わたしは担任の早乙女梨々花よ。よろしくね」
「うむ、世話になる」
手続きはもう部下達が全部済ませていたので俺が改めてやることは何も無かった。
俺はただ早乙女先生の後について堂々と1年3組の教室へと乗り込んだのだった。
教室は朝から子供達の声でとても賑やかだった。小学校1年生の教室には当然のように1年生の児童達しかいない。
そんなちびっこ達の教室に先生に続いて大人の魔王が入ってきたものだから、みんなは途端に雑談を止めてこっちを見た。
早乙女先生が教壇に立って教師らしく発言する。
「今日はみんなに新しい友達を紹介するわ。魔王君よ」
「魔王だ。よろしく」
教室がざわざわとざわめいている。どうやらみんなをびびらせてしまったようだ。前世では慣れたことだが。やれやれ、まだ何も畏怖させるような力を見せていないのだがな。
考える俺の横で、担任の早乙女先生が話を進めていく。
「魔王君に質問のある人は手を挙げてください」
「はい、先生」
一人の子供が手を挙げた。かわいい感じの女の子だ。先生が当てる。
「はい、佐伯さん」
「魔王君は大人なのに何で一年生の教室に来たんですか?」
教室のざわめきが波のように大きくなった。みんなが疑問に思っているようだ。俺が答えるより先に先生が答えていた。
「魔王君は今まで眠っていて学校に通えなかったの。元気になったから小学校から始めることになったのよ」
「そうなんだ。辛かったんだね」
「別に辛くはないぞ。俺はこうして目覚めたわけだからな」
「じゃあ、次の質問は」
「はいはーい」
それからもいくつかの質問が続き、俺と先生で答えていった。
そうしてホームルームが終わり、授業を始めることになった。
「それじゃあ、魔王君の席は……」
「はい、先生。ここ空いてます」
「佐伯さんの隣の席ね」
「あそこか。よいだろう」
俺は教室を歩いていって、後ろの方の佐伯の隣の席に腰を下ろした。最初に俺に質問をしたその少女が笑顔で話しかけてくる。
「あたし、佐伯良美。分からないことがあったら何でも聞いてね、魔王君」
「うむ、世話をさせてやろう」
こうして和やかなムードの中、授業が始まった。最初は算数の授業だ。俺はすぐに驚愕することになる。
「それじゃあ、2足す3は? 分かる人ー」
「はいはーい」
「うーん、何だろう」
元気に手を挙げる生徒が多い中、隣の席では佐伯良美が指を曲げたり伸ばしたりして難しそうに考え込んでいる。
俺が見ているのに気づいた彼女は困ったようにこっちを見た。
「分かる? 魔王君」
「当然であろう」
時代が変われど、数字の概念は俺の時代にもあった。魔王の叡智を持ってすれば時代の差異をすり合わせるのも容易いものだ。
こんなもの、過去にひも解いてきた古代の魔法書の術式に比べればたいしたことはない。
俺は挙手し、先生に当てられた。
「はい、魔王君」
「うむ」
俺は黒板まで歩いていき、チョークを手に取ってさっと2足す3の横に5と書いた。
教室の子供達からスゲーと歓声が上がり、先生がにっこりとほほ笑んだ。
「凄い。正解です。よく出来ました」
そんな教室の反応から、俺は疑念を確信へと変えた。
どうやらこの時代の学問は相当にぬるいようだ。
「先生、この問題は簡単すぎるのではないですか?」
「魔王君は頭が良いですね」
「フッ、まあな」
褒められるのは悪い気はしない。だが、この程度を魔王の実力と見くびられても困る。
俺は最初の2の横にもう一つ2を書き足し、22足す3となった式の横に25と書いた。
先生が驚きに目を丸くした。
「凄い。これも正解です」
教室がさっきよりも大きなどよめきに包まれる。生徒達は様々に言葉を交わしあった。
「いったいどうやったの?」
「両手の指が足りないわ」
「魔王君って何者なの?」
「フッ、これぐらいはたいしたことではない」
俺はそれからもみんなに知性の限りを見せつけ、次の休み時間からは子供達が俺の机の周りに集まるようになっていた。
俺はみんなの人気者になったかと思ったが、それを快く思わない奴もいた。そんな小物の存在に気が付いたのはこれより後の事だった。
青い空。太陽の日差しが眩しい。
算数と国語の時間を終えて、俺達は外の運動場へ来ていた。3時間目は体育の時間だ。
ジャージに着替えた早乙女先生が授業を始める。
「まずはストレッチから始めます。二人一組を作ってください」
「二人一組か」
俺は周囲で騒いでいるクラスメイト達を見る。
組むならこの魔王の能力についてこれる奴が望ましいだろう。だが、そんな強そうな奴はいそうに無かった。考えているうちに次々と組みが出来上がっていく。
俺の世話を名乗り出ていた良美も早々と友達に誘われて組みを作ってしまっていた。どうやらえり好みをしている場合では無さそうだ。
俺は仕方なく、余った眼鏡っ娘に声を掛けてやることにした。
「おい、そこの眼鏡。この魔王が組んでやろう」
「わあ、魔王君。ありがとう!」
「ふむ」
そう喜ばれると照れてしまう。俺はストレッチなんぞ知らんので、教えてもらうことにする。
「ふむ、眼鏡。お前はなかなか物を教えるのが上手いではないか」
「ありがとう。あの、葉山唯です。わたしの名前」
「覚えておいてやろう」
「えへっ」
さて、二人一組の準備運動が終わり、先生が授業を続ける。
「今日は縄跳びをします。まずは前回し跳びから。みんな先生に続いて跳んでね。それ1、2」
先生が笛を吹いて手本を見せ、みんなで同じように跳んでいく。俺は何だこのくだらん遊戯はと思ったが、
「魔王君、頑張ろうね。あたし、15回が最高記録なんだよ」
「ん? そうか」
佐伯良美が笑顔で話しかけてくれたので自分も頑張ろうという気分になった。
葉山唯も上手く跳んでいる。俺も出遅れるわけにはいくまい。
そんな良い気分でいたところに突っかかってきた男子生徒がいた。いかにも生意気そうな少年だ。
「お前、ちょっと勉強が出来るからって良い気になるなよ。俺は40回跳べるんだからな」
「なんだと?」
「健太君」
そのガキのことを俺は知らなかったが、良美が知っていた。彼は少しは運動ができるのだろう。身の程知らずにもこの魔王に挑戦してきた。
「どっちが多く跳べるか。勝負だ!」
「いいだろう、受けてたつ!」
ちょうど退屈していたところだ。遊んでやるのも一興だろう。
俺達の勝負にみんなが注目していた。先生の笛の合図で勝負が始まる。
健太はすぐに驚愕することになる。この魔王の実力に。俺にとっては過去に何度も目にしてきた愚かにも戦いを挑んできた人間の反応だ。
吹き上がる土煙。俺は凄い速さのある勢いで縄跳びを回して跳んだ。
人間にとっては超人技かもしれないが、魔王なら容易いものだ。俺は勝利を確信した笑みを浮かべた。
「今何回跳んだかなあ? ざっと数えて、もう1000回は超えたかもなあ」
「くっそお」
健太は手を震わせながらも何とか縄跳びを跳ぼうとするが、勝負の結果はもう誰の目にも明らかだった。
勝負を終えた俺の周りにみんながキラキラした目をして集まってくる。勝負に負けた弱者に構う子供など誰もいなかった。
「凄い、魔王君。運動も得意なのね」
「わたしにも縄跳び教えてよ」
「僕にも」
「いいだろう」
勝負に勝って良い気分になった俺は快くみんなに教えてやった。
「健太君は先生と一緒に跳ぼうね」
勝負に負けた負け犬には、先生が優しく声を掛けていた。
午前中の授業が終わり、みんなで給食を食べた。
庶民の食事などこの魔王の口に合うか心配だったが、なかなかどうして上手かった。
シェフに会ったら褒めてやってもいいだろう。
後は掃除を終えれば、今日の学校生活は終了だ。
「男子ー、遊んでないで掃除してー」
箒でチャンバラごっこに興じている男子に女子が注意を飛ばしている。
だが、奴らの力を借りる必要はないだろう。
「この魔王に任せておけ。要はゴミを集めて捨てればいいのだろう?」
「魔王君、出来るの?」
「まあ、見ておけ。ブラックホール!」
俺は手のひらに小さなブラックホールを作り出し、ゴミだけを選別して中へと吸い込んだ。
教室はすぐに綺麗になった。ゴミが無くなった。
「凄い。どうやったの?」
「スキルを発動させたのだ」
「スキル。へええ」
どうやらこの時代ではスキルは珍しいようだった。昔の時代では何も珍しいものではなかったのだがな。
まあ、この世界の常識もこれから学んでいけばいいだろう。ここに学ぶ場があるのだから。
一年生のクラスで一番早く掃除を済ませ、俺達は下校することにする。
俺を囲んでみんなが話しかけてくる。
「魔王君ってあの山の屋敷に住んでいるんだ。お金持ちなんだー」
「魔王だからな」
「今度遊びに行ってもいい?」
「ああ、いつでも歓迎するよ」
こうして俺はクラスメイト達と笑顔で手を降りあって別れ、今日の学校生活を終えたのだった。
屋敷では帰還した俺を大勢の魔物達が整列して出迎えた。
「おかえりなさいませ、魔王様」
「ふむ、ただいま」
俺は中央を歩いて広間に行き、魔王の玉座につく。四天王の参謀が話しかけてきた。
「魔王様、初めての学校生活はいかがでしたか?」
「大事ない。俺にはぬるすぎたぐらいだよ」
「おお」
周囲にどよめきが走る。みんなはそれなりに苦労してきたようだ。参謀が伺いを立ててくる。
「では」
「うむ、この時代で始めるぞ。この魔王の支配をな!」
俺は手に漆黒の炎を握り、宣言する。
この時代ではもう誰にも邪魔はさせない。
魔王の力強い宣言に、配下の魔物達が喝采の声を上げる。
俺はそう遠くない未来のことを思い、不敵に黒く笑うのだった。
伝説の魔王である俺、小学校に入学する けろよん @keroyon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます