第26話 トラバーチン模様の天井(寧々視点)

 私はゆっくりと目を開けた。最初に目に入った光景は、病院や学校で目にする、黒い点々が付いた天井であった。たしかトラバーチン模様、と言ったような。あれ、私の家の天井の模様は違うし……。私、寝てたのかな?……でもベッドだけど私のベッドじゃない。あまり思考が働かず、ここが家ではない事は分かったが、どこだかは分からない。そう思いながらあまり自由に動かない体ではなく、目だけを動かして周囲を探ると、お母さん・・・・と目が合った。

「寧々!目が覚めたのね!」

 お母さんは嬉しそうに顔を近づけながら私の名前を呼ぶ。

「おはよう、お母さん。質問なんだけどね、ここはどこ?」

 私の言葉に、お母さんは少し心配そうな顔をしたが、すぐに微笑み、返答した。

「ここは病院よ。寧々が病院に運ばれたって聞いて飛んできたの。何があったか覚えている?」

「病院……」

 どうやらここは病院らしい。そう言われると、視界に入るものは病院の光景そのものだった。私、何か怪我をしたんだっけ?そう思った時、足に軽い痛みが走った。

「寧々さんは鎮痛剤や出来事のショックなどで少し意識が朦朧もうろうのようです。脳に異常が見られないので、長期記憶障害などの症状は現れないはずです。少し落ち着かせてあげましょう」

 そんな時、お母さんの横から、白衣を着た知らない男の人が顔を覗かせた。

「分かりました。……それで先生、寧々の足はどうなんですか?」

 お母さんはその男の人の言うことを聞き、私との会話を中断した。そして男の人に質問をする。

「レントゲンの結果、膝蓋骨しがいこつ所謂いわゆる膝のお皿ですね。そこにヒビが入っています」

「そう、ですか……」

 私は、先生と呼ばれた男の人(お医者さんなのだろう)の言葉を、呆然と受け入れた。妙な浮遊感はあるが、あまり動かない体の中で、唯一痛みを発しているのが膝である事と、ここが病院であるということから、なんとなく察しがついていた。私は病院の一室でベッドに寝そべりながら、お医者さんの話を聞いていた。

「……先生、どれぐらいで歩けるようになりますか?」

 私の隣で椅子に座り、お医者さんの話を聞いていたお母さんが、心配そうに私の事を見ながら質問をした。

[三週間程はギプスが外れません。その後、リハビリを開始しますが、日常生活に支障がでない程度に回復するのは、もう一ヶ月後になるでしょう]

 私は、お医者さんその言葉を聞きながら自身の足を見た。両脚は膝上から足の甲まで、動かないようにギプスで固定されていた。頭がまだ上手く働いていないからなのか、それにどうと強く思う事は無く、すぐ視線を会話中のお医者さんやお母さんに戻し、二人の会話に相槌あいづちを打った。……あれ、そう言えば優斗くんはどこに居るんだろう?

「――膝蓋骨のヒビは少し広がっていましたが、神経や血管、靭帯じんたいや筋肉にも大きな損傷は見られなく、合併症などの恐れもありません。それに応急処置も適切であった為、腫瘍も小さく、手術は必要ありませんね。その為、安静にして骨癒合こつゆごうを待つ、保存的治療ほぞんてきちりょうを行います」

 どうやら私は手術を行わず、時間経過で骨が付くのを待つようだ。……当分は入院かな。

「――以上で簡単な説明は終わりましたが、何か質問はございますか?」

 お医者さんはお母さんと、私のこれからなどを簡単に話し終わったようだ。

「そうですねぇ……寧々、何か質問はある?」

 お母さんは、現状聞くべき事を特に思い浮かばなかったようで、私に話を振った。その為、私は一番気になっていた事を聞く。

「あの、優斗くんは今どこに居るんですか?」

 私の質問に、お医者さんとお母さんは少し目を見開く。

「優斗くんって、最近寧々からよく聞く男の子の事?一緒にいたの?」

 お母さんは、私が言った優斗くんの名前を憶えていたようで、少し不思議そうに聞いた。

「その子でしたら、今外の椅子で待っていますよ。呼びましょうか?」

 お医者さんがそう補足し、お母さんに問う。問われたお母さんは、何を考えているのかよく分からない表情であったが「お願いします」と、すぐお医者さんに言った。そしてお医者さんが優斗くんを呼びに病室を出てすぐ、外から声が聞こえ、その後、優斗くんが恐る恐るといった様子で、お医者さんと共に病室へと入ってきた。

「優斗くん」

 私は少し動くようになった首を傾け、優斗くんの名前を呼んだ。その瞬間、一気に意識が覚醒したような気がした。

「寧々?どうしたの?急に泣き出して。貴方、一体寧々に何をしたの!?」

 そして私は、涙を流した。

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