第24話 小さな不運と安易な考え(寧々視点)

「あ~あ、優斗くんも来ればよかったのになぁ」

 私はそんな事を誰にも聞こえないぐらい小さい声で呟きながら、少し暑い図書館の隅っこで椅子に腰掛け、お勉強をしていた。図書館とは静かにしなければならない所、お勉強も一人静かにする事で集中出来る。それでも、優斗くんも来てくれれば良かったのにと、少し残念に思いながら、いそいそとお勉強をしていると、私の近くに近付く足音が聞こえた。自分には関係ないと思いつつ顔を上げると、そこには新田くんがいた。

「こんにちは、咲蕾さん。勉強中ですか?」

 新田くんは周りに気を使った小声で、私に話しかけた。

「こんにちは、新田くん……新田くんもお勉強ですか?」

 私が返答すると、新田くんは歯切れ悪く「あ、はい……」と言っていたが、すぐに調子を取り戻した。

「あの、隣で勉強しても良いですか?」

「?どうぞ?」

 何故かは分からなかったが、別にダメなわけでもなかったので、私は隣を勧めた。そうすると、新田くんはゆっくりと座り、図書館に置いてある参考書を開いた。

「あの、ここの問題、どういう意味か分かりますか?」

 新田くんが、現代文の問題を指差し、質問をして来た。パッと見た限り、難しい問題ではなかったが、国語の問題は知識や、柔軟な発想力が求められる。

「えっと、『次の傍線部Bは、主人公のある感情が現れています。群の言葉を必ず使い、30字以上で、書きなさい。』ですから。まず、傍線部Bをみてください。この文は……」

 私は、失礼かとも思ったが、最初から順々に問題の解答例を説明していった。

「……」

 新田くんは私の話を無言で聞いていた。私は何も反応がないのを少し不審に思い、新田くんの方を見ると、新田くんは問題を見ずに、私を、正確には、私の胸を見ていた。

「なっ、何を見ているんですか!?」

 私は思わず、声を張り上げてしまった。何故なら、私は一人隅っこでお勉強をしていた為、人目を気にしておらず、Yシャツのボタンを第2まで外していたのだ。私は急いでボタンを止め、椅子から立たずとも体をそらす。そして少し経った後、冷静になり、まず大声を出した事を図書館に居た他の人達に謝った。

「大声を出してすみません」

 私の声を聞いて、周りの人達は安心したように読書や作業を再開した。私はそれを見てほっとし、そしてまた紅潮を深めた。学校の同級生に恥ずかしい所を見られてしまった。その感情が頭を走り、思考の動きが停滞した。

「ご、ごめんね、突然大きい声だして。でも見てないで言ってくれても良いんじゃないの?」

 図書館に端に居たからといって、気を抜いてはだけていた自分が大いに悪い。そう思いながらも、せめて言ってくれるか、目を逸らしていて欲しかったと私が言うと、新田くんは歯切れ悪く了承し、お勉強を再開したが、あまり集中することは出来なかった。それから数分後、新田くんが話し出した。

「あの、咲蕾さん。少し来てもらって良いですか?」

「どうしたんですか?……すぐ済むことでしたら構いませんよ」

 その言葉に新田くんは「すぐ済みますよ」と言うので、私は図書館の中までならと思い、念の為に教材をバッグに閉まって、片手に持ちながら新田くんに付いて行った。辿り着いたのは図書館の奥の奥、シャッターが閉まった倉庫の前であった。私はどうしてこんな所にと、少し考えたが、あまり深くは思考せず、新田くんが再び声を発するのを待った。新田くんはほどなくして話し出したが、その声は人に嫌悪感を抱かせるような声音であった。

「咲蕾さん、俺、もう我慢しなくて良いですよね?さっきのは誘っているって事で良いんですよね?ここまで来てくれたって事は、良いって事ですよね?」

「えっ、え?何の話?」

 私は新田くんの言っている事が理解出来ず、困惑した。我慢?誘う?良い?いったい何が、何の話だろうか?そう困惑している内にも、新田くんはブツブツ呟きながらこちらに近づいてくる。一体どうしたというのだろうか?理解も何も追いつかない。訳も分からず後ろに下がるが、すぐにシャッターに触れ、大きな音を立てた。もうこれ以上は下がれない。その事によって恐怖は増長され、私は新田くんから目を離すことが出来ずに、足をわなわなと震わせた。

「咲蕾さん………………………」

 新田くんの声と、私がシャッターを押す音だけが静かに広がる。声は出なかった。いくら口を開いても、喉にいくら力を込めても、私の口は空気を漏らすだけであった。……新田くんの吐息を肌で感じだ。生暖かい感覚が、しっとりと肌に吸い付いた。私は目を閉じることもできない。そんな時、コツンと少し遠くから響く音が聞こえた。体の硬直がほどけた。足音だけで人物を判別出来る訳では無いが、私はその足音に何故か、安らぎや安心と言ったものを感じ、膝から崩れ落ちた。激痛と共に大きく鈍い音が響き、私は歯を食いしばり痛みに耐える。硬直が解けただけで、体は思うように動かなかった。新田くんは、私が崩れ落ちた事とその音に驚き硬直する。そんな時、少し遠くから声が聞こえた。

「正樹くん」

 その声に、新田くんは目に見えるほど大きく震えた。その声に、私は涙を流した。

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