第13話 一時五十分

 俺は静かに怒る美夢とニヤつく母さんをスルーして、駅に向かった。地味に緊張しながら駅に着くと、寧々がいることはすぐに分かった。元々待ち合わせの場所も目立つ所であったし、その存在感がすごかった。道行く人たちは自然と視線を寄せ付けられる。とても近づきにくい。普通に近づいたら、三ヵ所以上からは舌打ちが聞こえそうだ。そう思いながら挨拶をしはぐっていると、彼女と目が合った。

「あっ……優斗くーん」

 寧々は少しだけ恥ずかしそうにしながらこちらに小さく手を振った。静かな駅前で、舌打ちが五ヵ所程聞こえた。予想を大きく上回ってしまった。

「うん、お待たせ」

 もう舌打ちされてしまっては仕方がない。そう思って挨拶を返すと、凝視の視線を多く感じた。大方好奇と視線で殺めようとしている視線だろう。早く移動しよう。

「それで、篠倉さんの家は何処なの?」

 俺が少し焦りながら言うと、寧々は少し申し訳なさそうに目を伏せた。

「それなんだけど……ごめんなさい。二時半過ぎまで家に誰もいないみたいで、それまで待ってくれないかって言われたんだけど、優斗くんに伝える方法がなくて……。もしよかったら近くの喫茶店で時間をつぶしませんか?」

「あ、うん。分かった」

 そう言った寧々の言葉に俺は返答した。実際、ここからいち早く移動したかったので、とりあえずほかの場所に行ければ良いと言う思考だったのだが、寧々は俺が了承してくれるか心配だったようで、少し嬉しそうにしながら歩き出した。そんな寧々に俺は付いて行くと、着いた先は駅のすぐ近くにあった。その喫茶店は、そこまで広くはないが、木目調で落ち着いた雰囲気の場所であった。俺達は入り口からさほど離れていない二人用の場所に座り、メニューを見た。高級そうなメニュー表の中には、良心的な値段が書かれており、俺は安心しつつ何を頼むか考え、メニュー表を手から離すと、寧々が「決まりましたか?」と質問をしたので「決まったよ」返すと、寧々はあまり張らない声で店員さんを呼ぶ。

「すみませーん」

「はーい」

「えっと、ココアを一つと……」

「カフェオレを一つください」

「畏まりました、少々お待ちください」

 俺達は注文を済ませ、少しの間黙り込む。だが、寧々がその沈黙を壊して話し掛けてきた。

「あ、あの、優斗さん。これから連絡を取ることもあると思うので……連絡先を交換しませんか?」

 寧々からの願いに、俺は少し恥ずかしくなりながらも「あ、えっと、分かりました」と、少しぎこちなく言って、自身のQRコードを開き寧々に見せる。そうすると、寧々は少し嬉しそうに頬を緩めながらQRコードを読み取った。

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ……」

「「……」」

「お待たせしました。ココアとカフェ・オレです」

 俺達が緊張やらの感情で、静まり返っていると、すぐ近くから店員さんの声がした。その声に、俺達はビクッと目に見えて体を震わせ、気持ちばかりの平常心で「ありがとうございます」返答する。

「ごゆっくりどうぞ」

 店員さんが居なくなった後、俺達は目を合わせ、静かに笑った。

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