後編
――で、卒業だよね。
うん、語ることはもうない。
思いっきり泣いて、鼻水垂らして。
校歌斉唱は喉枯れるまで全力を尽くした。
お前、卒業できたんだなって、何人も言ってきたけど。
担任まで言いやがったけど。
卒業は、俺にもやって来るわけさ。
それで、春子に高校最後の告白をした。
昼下がりの教室。
俺たちだけがいる教室だ。春子はちゃんと来てくれた。
「ごめんなさい」
うん、分かってた。でも、いいんだ。
高校卒業したって、諦めねぇから。
でも、春子はさ。
「海外に行くから。もう二度と会えないから」って。
そっか。海外か。
いいなぁって俺、笑って。
春子も「いいでしょう」って、笑った。
「海外ってどこ? アメリカ?」
俺にとって海の向こうは全部アメリカだよね。
カモンベイビー、だよ。
でも、春子は首振って、
「もっと、遠く。ずっと、ずっと遠く」
そう言って、俺から目をそらした。
「そっか」
たぶん、俺のいない国に行くんだろうな。
飛行機も飛ばない、船でも行けない国に。
俺には、いくら努力したってたどり着けない国にさ。
「今まで、ごめんな」
運命の相手だからさ。
粘ってれば、必ず振り向いてくれると思ったんだ。
ずっと、好きでいれば。
それを、ちゃんと証明し続ければ。
でも、運命ってハッピーだけじゃないのな?
「ごめんな。また、もし――」
俺のいる国に来たいって思ったら、会おう。
そんときは、ハッピーな運命を楽しもう。
……って、ほら、俺はまた粘ってる。
俺は口を閉じた。頭下げて、「春子さん、好きでした」って。
人生最後の告白をした。
春子は、「うん」って答えて、笑ったよ。
――それで、俺は満足した。
◇
夜の学校て、怖いよな。
俺がそう言うと、お前は「じゃ、帰るか」って言ったよな。
付き合わせて、すまん。
でも、一人より二人じゃん。
頼りにしてるよ、お前のこと。
俺たちは教室に忍び込んだ。
ひとつだけ、鍵の締まりが悪い窓があるのな。
ガタガタいわせりゃ、開くんだよ。
ちょうど桜の木がある場所でさ。満開だと、綺麗だよな。
靴脱いで、窓をまたぐ。
理科室だ。春子と「誕生日いつ?」って話をした場所。
「おし、やるか」
俺は黒板に絵を描いた。
桜と春子。んで猿のモノマネをする俺。
春子は動物が好きだから、犬や猫も描いたんだ。
みんな仲良く、ニコニコしてる。最高の傑作。
「完成。記念写真撮ってくれ」
俺はいくつかポーズをためす。
「桜も一緒に撮るか?」
桜も写れば、春子が喜ぶと思ったんだけどな。
でも、お前は俺一人で十分だって。
だから、お前に向かってピース。
満面の笑みで元気な俺。
黒板にはこう書いた。
『春子から卒業します!』
お前、あの写真、ちゃんと春子に送った?
チャラ男。ほんと、チャラ男だわ、お前。
あの時、殴ってゴメンな。
でも、春子、嫌がってたし。勘違い?
嘘つけ。
でも、あれで改心したらしいな。
よかったよ。マジで。殴ったかいあったわ。
お前ら二人だけの国に、俺は行けないらしいけど。
でも、祝福はする。
俺はね、運命って信じてるよ。
占いも信じる派だしね。
だから、春子が幸せなら、俺も幸せだ。
「もし、別れたら」
俺は言ったよな。
お前に、言ったよな。
「もし、春子と別れたら」
――俺、許さねぇからって。
だから、お前から「忘れ物した」ってメールが来たとき、代わりにとりに行ってやったよな。春子とデートだっていうからさ、暇な俺が行ってやるって。
教室。黒板。絵はちゃんとあの後、消した。
でも、新しいメッセージが書いてあった。
何だと思う?
『明日も君が好き』
お前さ。
どういうつもり?
俺、言ったよね??
春子が好きだって。
で、春子はお前が好きだって。
それでなんで、お前は俺が好きなの???
殴られて目覚めた?
やめろ。勘違いだ。
チャラ男よ、思い出すんだ! チャラかった時代を思い出せ!!
――で、思うわけです。
あれから十年経って、お前らが無事、結婚という運びになったのは、すべて、わたくし、夏男の尽力によるものだと。
みなさん、夏男は春に生まれました。
では、なぜ夏男と名付けられたのか。
それは熱い魂と灼熱の太陽のような情熱を宿してほしいという両親の願いからです。よって、その両親の期待通りに育ったわたくしは、こうして親友と初恋の相手とが結ばれるために身を粉にして働きました。
わたくしの熱意と情熱。それが二人を強く結びつけたと思っております。
あの空に浮かぶ飛行機。
山を越えて行きます。海を越えて行きます。
お二人も、あの飛行機のように、どこまでも飛んで下さい。越えて下さい。
夏男はいつも、お二人の幸せを願っております。
どうか、どうか、末永くお幸せに。
桜くんと春子さんへ。 夏男より愛をこめて。
(お終い)
明日の黒板 竹神チエ @chokorabonbon
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