明日の黒板

竹神チエ

前編

 夏男って名前が嫌いだ。

 そりゃあね。もし、夏生まれで夏男なら、まだいいさ。

 俺、春生まれだからね。


「いつ?」

 春子はノートから顔を上げる。

「春って、四月?」


「ああ」と俺。

「四月。四月の二十四日」

「ほんとに?」春子の元々大きな目が、さらに驚いたように広がる。

「ほんとに二十四?」


「嘘、言ってどうすんの。俺の誕生日は四月二十四日で名前は夏男でーす」

 ふざけて猿のモノマネをする俺。

 春子は爆笑……ではなく、相変わらず目を丸くしているだけ。

「同じだ」

「え?」俺は猿ポーズのままで訊き返す。

 春子はノートに目を戻し、

「私も。二十四日生まれ」

「四月?」と俺。自分でもバカな返しだとは思ったけど。

「マジで。同じ? 俺といっしょなわけ?」

「うん」


 にこりと笑う春子。

 その瞬間、頭の中で響き渡るファンファーレ。

 運命。ぱんぱかぱーん。


 テンション上がった俺は、「血液型は?」なんて口走っていた。


「AB型」

「うそだっ」


 俺もAB型。

 これはもう、完璧に運命でしょ。

 だって、誕生日占いでも血液型占いでも、結果は同じ。

 そりゃあ、姓名判断なら違うだろうけど。

 でも、でもさ。


「いっしょだね」

「だな!」


 ふふって笑う春子に、俺のハートはドキュンと飛び跳ねて震えたのさ。



 ――で、最初に告ったのは修学旅行のとき。

 結果?

 んなもん、知りたがるなよ。


「ごめんなさい」


 な?

 えぐるなや。


 でも、これで諦める俺じゃない。

 だって、運命の相手だからな、春子は。


 二回目は廊下。

 そ、普通に廊下。放課後に来てもらって告った。

 今度はプレゼント付きで。


 え、なに贈ったかって?

 あれだよ、あれあれ。

 あのぉ……


「ごめんね?」


 春子は引きつり笑いだ。

 なぜって、たぶん、俺が捧げている四角いケースが原因だろうな。


 中身? 訊く?

 ゆ・び・わ。

 だって、本気だから。

 もう、春子で決定なわけだから。


 でも重かったな。

 うん、家帰って超反省した。

 壁に手をついて、反省って。な?


 んで、三回、四回と続くわけだ。

 なにがって、告白だよ。


 春子はさ、毎回頭を下げるわけ。


「ごめんなさい」

「ごめんね?」

「ごめん」

「無理」

「ないから」

「だから、ねぇって」

「うぜぇよ」

「ちっ」


 ……てな具合にな。

 さすがの俺も、春子に彼氏ができた時は、告るのをやめた。

 泣いたかって?

 な、泣くわけねぇし。


 だって、運命なんだよ。

 運命の相手なんだ、春子は。


 待ってれば、最後は俺のところに来る。

 束縛なんてしねぇよ。

 好きに青春を謳歌すればいい。


 俺は、待つ。


 たださ。その春子の彼氏ってのが、超絶チャラ男だからな。

 春子が嫌がってるのに、無理やり……ごにょごにょ……って奴で。


 だから、ぶん殴ってやった。

 え、なんで「ごにょごにょ」の現場にいたんだって?

 そ、それは、あ、あれだよ。

 デ、デートって聞いて、そのぉ。


 ま、見守ろうと思ってな。うん。

 でも、見張っていてよかったぜ。春子、俺に「ありがとう」って。

 

 嬉しかった。

 まぁ、それだけなんだけど。


 別に恩着せがましいことは思っちゃいない。

 春子が無事でよかった。ただ、それだけさ。

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