二
今日はバイトの日。昼前に入って、夕方までのシフトだ。朝食は軽く済ませて、階段下の自転車に乗り込む。近くの交差点は信号機がない。
それに、先が見えにくいのでいつもヒヤヒヤするが、交通量の少ない小道にそこまで緊張することもない。交差点を抜けて2、3分。コンビニに着く。
「いらっしゃいませ~」
12時になると、コンビニまでの道中でテキパキと建物の改修工事をしてた職人たちがやって来た。ここ何日もイートインスペースを利用して、やや暑めな外での食事を避けているようだ。
ぞろぞろと入った職人たちの中には王道の幕の内弁当と緑茶を持ってくる人や、節約家なのかパン二つに水と週刊誌など、性格が垣間見える人もいた。
列の最後にいた人はヘルメットを被ったまま、手におにぎり二つと漫画本を持っている。昨日まではいなかった人だ。そう思いながらおにぎりを持ち、バーコードをスキャンしていると。
「あの……
「少々お待ち下さい」
後ろにあるくじ引きの箱を見ると、三つ残っていた。箱を手に持ちカウンターに置く。
「一回、七百円です」
「えっ……じゃあ一回引きます」
「では、おにぎりと合わせまして合計で九百十六円になります」
男は千円札を出した後箱に手を入れ、三つ残ったくじを入念に触っているようだ。形はまったく同じなのに……。
俺がレジ袋に商品を詰めている間、ずっと手を入れ続けていた。俺はそれを察してレジ袋をカウンターに置くが、相手も俺が待っていると察したのか手を引き抜く。
「一等! 出たあ!」
男はだいぶ興奮していた。さっきまで一応くじが残っているかを聞く、みたいな暗い顔をしていたから声量も相まってこっちまでビックリしてしまう。
「一等ですね……お待ち下さい」
俺はまた後ろを向いて棚の中に入ってる一等の品を男に渡す。人気アイドルグループの今しか入らないレア物が目の前で人様の物になっていくのは気まずいが、買い占める連中よりかはずっと純粋な喜びを感じているであろう男の顔を見ればそうも思わなくなれる。
「どうも!」
男の喜びに、俺は軽く一礼する。
「……って、あれ? そうじゃなくてさ。この声に聞き覚えとかねえのかよ!」
いきなり顔をひん剥いて背高く叫ぶ男に、俺は動揺を隠せない。
「っ、昨日の!」
男は俺が一歩下がっている間にイートインスペースへと消えていく。まさかあのキノコ男が職人に扮していたなんて……それに、目の前で一等取りやがって。さっきまでの気持ちはどこかに飛んでいく。
今日のバイトは調子が悪かった。あいつがずっと間近にいると思うと気持ちが悪くて、どこかで見てるんじゃないかとさえ思ってしまう。それでもなんとか今日のバイトはここで終わりだ。
薄暗くなった外に出て、自転車に乗って帰ろうという時のこと。駐車場を挟んだ通りを一人の女性が過ぎていく。俺は街灯に照らされた女性を、二度見してしまう。
「あっ」
駐車場を出たところまで自転車を手押しして、道の先まで見てみると、女性は公園に入っていく。俺は身を潜めながら彼女を追っていき、公園に入ってすぐのところにある塀に隠れて、広々とした木の少ない公園内をじっと眺める。
彼女は誰もいない公園の中に佇むベンチに一人で座り、手には缶が握られていた。それを口元に流し込み、それが終わると今度はベンチに置いた袋から缶を出し、また手に持って流し込む。
延々とそんなことを繰り返していると、彼女は缶を持ったまま手をベンチに下げ、そのままうつむいてしまう。
どうやら眠ってしまったようだ。俺は公園の先にあるスーパーで買い出しをする予定だったから、自転車に乗ってベンチのほうに向かう。できれば気付かれたくはない。
そっと、そっと自転車をこいでいると彼女の缶を持つ手が離れ、缶がベンチから落ちてこちらに流れてくる。踏めば、気付かれるかもしれない。
俺はハンドルを切り、焦ってブレーキをかける。けれども、結局急ブレーキで大きな音がして彼女は目覚めてしまう。
「アユムくん?」
そう言われて、俺はどうしていいかわからなくなって引き返そうとする。
「ねえ待って、アユムくん!」
俺は自転車を止めた。その時に再びブレーキの音が響き渡るが、そんなことは構いやしない。
俺は、すっかり酔いから覚めた彼女の横に座っていた。公園は静まり返り、背後の高架線を走る古い電車の轟音が何かを少し遮るくらい。ただ、会話という会話を自分からまだ振る勇気がない。
「……昨日はごめんなさい。アタシ、どこかおかしくなってて……無我夢中で走り出しちゃった」
「こ、こっちこそ……ね。いきなりあんなことして悪かった」
「うん……でも嫌なわけじゃないから。それだけはわかってほしい」
「あ、ああ。答えが聞けてよかったよ」
「え?」
「あ、いや。その、嫌だったらどうしようとか思ってて」
「そう……なんだ」
「どうすんの? こんなところにいつまでもいられないでしょ」
「そうね。ああ〜、でもアユムくんの気持ちがわかってほっとしたわ。けど、お酒飲みすぎたわ」
「そうみたいだね。大丈夫?」
彼女は立ち上がって、ちょっとふらふらしながらも問題なく歩き出す。すると、そばに置いた自転車を触りだす。
「これ、アユムくんの?」
「そうだけど」
「かっこいいじゃん。秀逸なデザイン……いいわね〜」
至って普通のママチャリのはずだけど、彼女にとって薄暗い中での緑と青という色の組み合わせはかっこよく感じられるのだろう。
「そう……」
「ん? どこかに行く途中だったの?」
「まあ、バイト帰りに買い出しとか」
「じゃあお疲れね。私も気づいたら全然意味なく歩いてた。帰らなきゃね」
「帰っちゃいなよ。まさか俺待つつもり? まだふらふらしてるし」
彼女は目を閉じ体を伸ばす。
「あ〜、汗かいた。アタシ、家はすぐそこだから……」
「うん」
「じゃあね」
彼女はそう言って、公園をスタスタ歩いていった。俺はそれを尻目に自転車に乗り、買い出しのために高架下のトンネルを抜けていく。
その帰り、彼女は当たり前だが公園にも、近くの道にもいなかった。ちょうど工事現場から昼間買いに来てた作業員の人たちが出てくる。
「あの、すみません」
「あれ、コンビニの人じゃん。どうしたの?」
「ちょっと聞きたいんですけど、マッシュヘアーで声がちょっと高い作業員の人ってこの中にいます?」
「さあ。休憩中とかみんなヘルメット外してるけど、俺たちの中にマッシュヘアーのやつはいないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ああ、いえいえ」
あの男は作業員のふりをしていたのか? とすれば俺を見ていないか、はたまたもっと近くで見ていたかもしれない。危ないかはわからないけど、怪しいとしか思えない。そもそもあの写真があいつの持ち物だったから、余計に怪しく感じられてならない。
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