LEVEL46 / 中学生のくせに生意気だぞ

 「なかなか素晴らしい内容じゃないですか!」


 警備員は感心した表情で、ちゃぶ台の上に置かれた玉野のスマホから聞こえてくる盗聴会話。即ち勇斗達の合宿内容をめる。


 「まあ、確かにそうですね」


 確かに、講義の内容は予想以上の出来栄できばえだ。これならどんなに作文が苦手な生徒でも理解できるだろう。


 何より複数で意見を交換しながらやっているため、自分では想像がつかない発想が浮かんでくる。そしてそれが本人達の文章の質を一層、高めていくことになるのだ。



 「何かご不満でも?」


 笑顔、というよりはどちらかというと、をしている玉野に対し、警備員は不思議そうな表情で彼の顔を覗き込んでいる。


 「いえ、別に。不満というわけじゃないんですが……」


 本人は否定している。しかしその表情からは明らかに不満そうな気持ちが見て取れる。


 無理もない。この内容は確かに「小論文の授業」としては正しい。だが問題は、この講義内容は中学校において教えない。というより「教えてはいけない」内容なのである。



 「内容はいいんですよ。ただ中学生「らしくない」といいますか……」

 「中学生らしくない、といいますと?」


 中学校は普通教育、つまり義務教育である。この段階では高度な論理的思考能力など必要ない。というより、そういった発想を教える事はどちらかというと推奨すいしょうされていない。


 理由は簡単だ。大人にとって、彼等は自分達が考えているよりも遙かに「未熟」だからである。



 「守衛さん、例えばもし、魔王が「独裁者」だったらどう思います?」

 「独裁者だったら、といいますと?」


 いきなり独裁者、と言っても理解できないだろう。玉野はさらに説明を補足した。


 「つまり世の中が平和になるなら、みんなで独裁者に従う方法もありって考え方です」

 「う~ん、それはちょっと…」


 

 教育においては基本的に「独裁者は悪」である。ただ、彼等の中には経済成長によって多くの国民に恩恵おんけいをもたらし、その結果、高い支持率を獲得したケースも少なくない。


 だがその一方で、政権に反対する政治家はもちろんのこと、民間人にまで容赦なく弾圧だんあつを加えた事実を経済成長という大義名分の下、「必要な犠牲だった」と正当化できるだろうか……残念だがそれは難しい。少なくとも道徳の授業という観点からは「完全にNG」だ。


 そして問題はそれだけではない。もし知識や経験の未熟な中学生、あるいは小学生の段階で、どこかのオカルト雑誌か何かに書いてあるような「虐殺ぎゃくさつはなかった」「独裁者は英雄だった」といったものを何の疑いもなく信じ、それを基に今回のような「理路整然りろせいぜんとした組立て」で文章を書かれてしまったら……



 つまり今回の龍崎勇斗のように「あまりに自由すぎる発想で」作文を書かれてしまった場合、それは一方間違えば偏向へんこう教育につながる危険性があるのだ。


 したがって、今の段階でこのような論理展開能力を身に付けてしまうのは、ある意味非常に危険だといえる。それが普通教育、もっといってしまえば大学受験以前の教育に携わる指導者達の、一致した意見であり、かつ「正しい」指導方針なのである。



 「彼等の勉強法は決して間違っていません。これが大学のレポートであれば全く問題ないでしょう。ただ、中学生の段階ではまだ早いかなと……」

 「なるほど、そう言われてみれば、確かにそうかもしれませんね」


 一瞬、沈黙がその場を支配する。そして、その気まずい雰囲気をらすように玉野が宿直室の時計に目をやると、時間は午後6時55分を指している。


 「おっと、もうこんな時間だ。ちょっと教室を見てきますので」

 「そうですか、いってらっしゃい」


 そう言って玉野は腰を上げ、さっきまで生徒達の会話が流れていた自分のスマホを手に取り、宿直室を後にした。


 

 ▽


 

 玉野が教室に到着した時、時計の針は既に午後7時を回っていた。ドアを開けると、生徒達がそれぞれ弁当をとり、食事をしている最中であった。


 「ちゃんと食事はしてるな」


 そういって生徒達の状況を確認すると、彼は教壇に立った。すると生徒達は一斉にはしを止め、教壇に立っている彼に注目する。



 「ああ、食事はそのまま。みんな聞いてくれ。明日の午前中、この教室に校長先生が授業参観に来てくださることとなった」


 すると生徒達は再び箸をとめ、玉野に対して一斉いっせいに目を向ける。


 「とはいえ、特別何かをする必要はない。普通に感想文の勉強をお互い、しっかりやればいい」


 皆、いきなりそんなことを言われても、という反応である。とりわけ「教師役の」勇斗は校長先生から直接、評価されるというわけだ。これで「普通にやれ」というのがある意味、無理だともいえるだろう。


 だが、そんな彼等の意見を遮るかのように、玉野は話を続ける。


 「それで今、俺は宿直室にいるのだが、担当の守衛さんから、宿直室の風呂を使ってはどうかというご提案を頂いた」

 「先生、そんなのあるんですか?」


 最初に質問をしたのは稔だった。


 「ああ、もちろん。それに結構広いんだ。最大で5~6人くらいは入れるからな」


 おそらく生徒達は宿直室。そしてそこにある風呂のことなど知らないだろう。災害時における避難施設として機能させるため、普通よりもやや広めの浴場が作られていたということも。



 「マジかよ…」


 生徒達が一斉にどよめく。


 「そこでだ、今回は7人だから、2つか、もしくは3つのグループを組んで風呂に入りに来い。宿直室のドアをノックすれば大丈夫だからな」


 彼はそういうと、再び教室を後にした。



 「行ったか?」


 勇斗が教室のドアを覗き見ている稔に話かけると、稔は右腕を後ろに回し、親指と人差し指で輪っかを作る。OKのサインだ。


 「マジかよ」

 「まったく、アイツ余計な事を…」


 生徒達はどうやら、玉野の伝えた内容が気に食わないようである。


 突然の授業参観の話はともかく、少なくとも宿直室の風呂の使用は玉野、そして警備員にとって「ちょっとした親心」のつもりなのかもしれない。が、しかし……



 「せっかく夜のプールを撮影できると思ったのに!」


 村中が悔しそうに言う。確かに、水泳部のシャワー室からはプールに出る事が出来る。そうすれば、夜のプールを撮影することだって可能だ。


 そして今は夏である。水泳の授業はもちろんのこと、水泳部が使用しているため、基本的にプールは清掃せいそうが行き届いており、泳ごうと思えば泳げたかもしれないのである。


 YouTube的には、学校の夜のプールは「美味しいネタ」だ。一方、宿直室は、おそらく撮影禁止だろう。何故ならそこには玉野と警備員がひかえているはずであり、そこで「YouTubeのための動画撮影がしたい」と言ったところで許可されるはずなど有り得ないからだ。



 「せっかくの夜のプールが…マジ迷惑なんですけど」


 再び村中が悔しそうに言う。そしてその場にいる生徒達も全員、彼の意見にうなづいていた。



 ▽



 玉野は教室を出て宿直室に向かう間、盗聴アプリをOFFにしていた。むろん、教室から出た直後、スマホにイヤホンをすれば彼等の会話を盗み聞きすることも出来たのかもしれない。


 だが、もし仮にイヤホンを差し損ね、盗聴がバレてしまっては元も子もない。そのため、彼は宿直室に戻るまで教室の会話を聞いていなかった。


 「せっかくの夜のプールが…マジ迷惑なんですけど」


 残念ながら、大人である彼には子供達の「いつわらざる本音」を聞き取ることが出来ていなかったのである。

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