LEVEL45 / これからの文章の話をしよう

 むろん、勇斗を始めとした生徒達は、まさか自分達の会話が教師によって盗聴とうちょうされていることなどこれっぽっちも考えていない。


 長い夏の夕暮れも既に終わりに近づき、セミの鳴き声も静まり始める。そしてようやく、短い夏の夜が始まろうとしていた。教師の去った今、彼等の頭の中は「」の予定、あるいは計画で一杯なのである。


 とはいえ、それで今回の合宿の目的。即ちゲーム感想文が完成しなければ本末転倒ほんまつてんとうだ。それに感想文を完成させるには、一刻も早く「文章の書き方」を、ここにいる全員に理解させなければならない。



 「実はさ、ゲーム感想文、というより文章って簡単に書けるんだ」


 勇斗はこれまでに塾で習った事。そして自分自身が書いた内容を今、教壇に立って他の生徒達に説明している。


 「本当かよ?」


 稔はにわかに信じがたいような表情で、教壇に立つ勇斗に尋ねる。


 「本当だよ。結論から言うと、連想ゲームみたいなもんなんだ」

 「連想ゲーム?」


 連想ゲーム、といきなり言われてもおそらく分からないだろう、現に勇斗本人がそうだった。



 「じゃあ、例えばゲームといえば何?ちょっと考えてみて欲しい」


 これは勇斗が、最初の授業で言われた内容だ。


 「ゲームといえば……RPG」


 稔が答える。


 「そう、ゲームといえばRPG。ではRPGといえば?」


 「FファイナルFファンタジーだろ」

 「いや、そこはドラクエだって」


 他の連中も、自分の意見を言い始める。だが、課題がドラクエのゲーム感想文である以上、ここはドラクエだろう。



 「とりあえずドラクエな。で、ドラクエといえば?」


 いままでに出された言葉をホワイトボードに書き出し、再び勇斗が連想ゲームを再開する。


 「勇者」

 「いや、ゲーム実況だろ」


 当間は勇者と答えた。これは勇斗と同じだ。一方、Youtuberの村中は、自分の得意分野であるYouTubeの話題を持ち出そうとする。



 「とりあえず、勇者でやろうか。で、勇者といえば?」


 勇斗が意見をまとめる。そして連想ゲームは次のステージへと進んでいく……


 「伝説の武器」

 「魔王」

 「勇者の血筋ちすじ


 勇斗が学進ゼミの、最初の授業で答えたのは「魔王」だ。だが大勢集まると様々な意見が交錯こうさくする。



 (どの意見を採用すればいいのだろうか…)


 勇斗は一瞬、迷った。だがとりあえずは自分が選んだのと同じ答えである「魔王」を選ぶことにした。


 「じゃあ、とりあえず魔王な。で、魔王といえば?」


 確か、この辺から苦しくなっていく。魔王といえば基本的に「悪」「恐ろしい」といったものが普通だろう。そして、そこから大きく外れたような連想は、出てこないはず……


 「悪い奴」

 「恐い奴」


 やっぱりそうだ。勇斗は、想像のななうえをいくようなキーワードが登場するのを一瞬、期待した。だがそこまで考える必要は今の段階では不要らしい。


 「じゃあさ、魔王は悪い奴として、悪い奴といえば?」

 「そりゃ魔王だろ」

 

 「いや、ちょっと待て……」


 龍造寺が、連想ゲームを一旦止めに入る。


 ちなみにこれは勇斗自身が躓いたポイントだ。つまりここまでは違うキーワードが次々と出されていった。しかし「魔王=悪い奴」という連想がされた場合、その先に進もうとすると、再び同じ言葉。即ち、


 悪い奴=魔王


 こうなってしまう。これでは「堂々巡どうどうめぐり」だ。



 「オイ、龍崎。おかしいじゃねーか」


 佐田が不満そうに答える。そして龍造寺も、


 「本当にこれで大丈夫なのか?」


 これまで期待してた連中のが、一気に下がっていくのを勇斗は肌で感じ取っていた……


 しかし、これも十分に想定の範囲内なのだ。何故なら勇斗自身が、ここでつまづき。そしてその先に無事、進むことが出来たのだから。



 「ここで文章を書いてみるよ」


 勇斗は、今までの流れを再びホワイトボードに書き出した。


 ゲーム

  ↓

  RPG

  ↓

 ドラクエ

  ↓

  勇者

  ↓

  魔王

  ↓

 悪い奴


 「じゃあ、これを文章にしてみる。大体こんな感じだ」


 勇斗はマジックをホワイトボードに置き、語り始めた。


 「ゲームといえばRPGだと僕は思う。中でも一番のお気に入りはドラゴンクエスト。通称「ドラクエ」だ。ドラクエの主人公は勇者だ。そして勇者は魔王を倒すことを目的としている。なぜなら、魔王は悪い奴だからだ。しかし……」


 これで何となく文章っぽくなっている。最初は不審ふしんそうな目で見ていた彼等も、何とか納得したような感じでホワイトボードを眺めている。


 「しかし……この後には何が入ると思う?」

 「分かんねえよ!」


 聞いている側はふたたび、不満気ふまんげだ。そしてこれは勇斗自身も最初、分からなかった問題だった。が、しかし……


 「てゆーか、勇者一人で魔王って倒せるのか?」


 稔が発言をする。「これはナイスタイミング!」と、勇斗は心の中でガッツポーズをした。


 「そう、それなんだよ!」

 「それって何だ?」


 魔王は悪い奴、という箇所かしょまではよかった。しかし、その先に「悪い奴=魔王」となってしまうことで堂々巡りとなってしまう。これを打破だはするのが「書き手の意見」というわけだ。


 「まあ、無理だよな。普通はむし。あと途中とちゅうから仲間が加わるってこともあるだろ」


 佐田の意見だ。そして龍造寺、当間、大橋に加え、稔がそれに続く。


 「でも、1人でクリアするプレイの実況動画とかもあるだろ」


 これはYoutubeの世界にどっぷりはまっている村中の意見だ。


 「そう、村中の意見は正しい。で、他のみんなも基本的にはんだ」

 

 明確な正解は存在しない。そして逆に、明確な不正解も存在しない。即ちこれが「小論文の発想」なのだ。



 「他にもさ、例えば「魔王って本当に悪い奴なのか?」ってのはどうかな?」


 これは勇斗が塾でやった内容だ。魔王は悪い、というのは一見すると常識のように思える。だがそれを敢えてひっくり返す……


 「それ、ギャグ漫画か何か?」

 「いや、異世界いせかいものの話だろ」


 前提条件をひっくり返された彼等は、新たに自分の意見を探し始める。そして、


 「じゃあ、もう一度流れを書いてみるよ」


 先程、ホワイトボードに書かれたストーリーの流れに、さらに追加する。そして今度は矢印の横に接続語を追加する。


・最初の部分

 ゲーム

  ↓

  RPG

  ↓(特に)

 ドラクエ

  ↓

  勇者

  ↓(そして)

  魔王

  ↓(なぜなら)

 悪い奴


・追加部分

  ↓(しかし)

 一人で魔王は倒せるか

  ↓(というより)

 魔王は本当に悪い奴なのか?

 


 「何だよ、それ?」


 唐突とうとつに追加されたを、稔は不思議そうな表情で眺める。

 

 「接続語だよ。何ていうか、連想ゲームのキーワードの間につける「接着剤せっちゃくざい」みたいな感じ」


 単に連想ゲーム、といえばそれぞれ好き勝手なイメージを想像し、伝えていくことになるだろう。しかし、その間に接続語を入れる事で、単なるから徐々じょじょに文章へと仕上がっていくのだ。


 「つまりこういうことなんだ。ゲームといえばRPG。そしてRPGといえばドラクエだ。そのゲームの目的は勇者が魔王を倒すこと。何故なら魔王は悪い奴だからだ。しかし一人で魔王を倒すのは難しい、というより、魔王って本当に悪い奴なんだろうか?」


 少々、不恰好ぶかっこうだし荒削あらけずりな感じではある。しかし何とか文章の体裁ていさいは整った。あとは、これを如何いかにして「自分の主張」として伝えて行くか……



 「それ、面白れーじゃん!」


 最初に賛同さんどうを示したのは、意外にも優等生の龍造寺だった。


 いや、ある意味当然なのかもしれない。ゲーム感想文を、ではなく、文章の書ける人間。即ち「国語力のある人間」が出来る内容と最初に理解する……そうなると当然、勉強の出来る彼が一番最初に「書ける」はずなのだから。


 「つまり、連想ゲームをやればやるほど、文章のネタが出てくるって事か?」


 続いて佐田が理解したような発言をする。


 「そう、だからこれって、一人で考えるよりも複数で考えた方がいいんだよ。例えばさ、村中のYouTubeから見た視点を俺達が入れてみる、って感じで」


 村中は自分の意見が取り上げられたのが少々、恥ずかしかったのか、少々照れ笑いを浮かべながら、


 「じゃあ、俺も他の意見を聞いてみたいな」


 すると当間が、


 「バスケの話、いいかな。例えばこの中で俺って多分、一番「素早さ」のポイント高いと思うんだけど……」


 それを聞いた周囲は一瞬「えっ?」となった。何故なら顧問のパワハラでバスケ部を退部した当間に対し、バスケ。もっといってしまえば部活の話をするのは事実上「タブー」となっていたからだ。



 「じゃあ、だよな」


 稔がすかさずフォローを入れる。


 (えっと、これって何だったっけ……そうそう、確か「勇者以外の立場で考える」という内容だったはず)


 勇斗が杉田から習った内容を確認している内も、さらに意見がう。


 「あと、HPヒットポイントも一番高いんじゃないの?スタミナあるし」


 ずっと黙っていた大橋が、珍しく自分の意見を言う。


 「確かにそうだよな~」

 

 勇斗も大橋の意見に賛成だった。と、なれば物理的にダメージを与える戦闘で最も活躍するのは当間ということになるのだろうか。


 「これってさ、つまり俺らが魔王を倒すためにはどうするかってことを書けばいいわけ?」


 龍造寺の質問は、なかなかするど指摘してきだ。例えば自分達が魔王を倒す場合、どうすればよいかと考える。そうなると、その方法とゲーム上の勇者の行動は、何が同じで何が違うのだろうか?


 そして、その中で自分からみた「勇者像」とは一体どういうものだったのだろうか……即ち、これが書ければ「ゲーム感想文」となる。


 

 「それも一つの方法、というより、今回はそれで行ってみようじゃないか。だから、今からみんなで意見を出し合っていこうと思うんだ」


 勇斗が龍造寺の質問を基に、いわゆる「ブレーンストーミング」を開始しようと提案する。そして時計の方向に目を向ける……


 時計の針は午後6時50分を回っていた。玉野が、教室に置いてあった差し入れの弁当をえといっていた。そして再び教室を訪れるといっていた時間である。



 「あっ、もうすぐ7時だ。一旦授業は終わりな」


 そう言って勇斗は再び時計の方向に目を向けると、講義を一旦中断し、弁当の方向に目を向ける。

 

 「飯にしようぜ」


 勇斗がそう言うと、他のみんなも同様、弁当の方向に一斉に目を向けた。そしていったん講義は中断されると各自弁当を取り始め、夕食の開始となった。

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