LEVEL44 / 合宿開始

 「じゃあ、行ってくるから」

 「いってらっしゃい」


 勇斗は家を出て、学校へと向かう。ちょうど校舎が見え始めた頃、午後5時を知らせるチャイムが鳴り出した。


 (いつもは家で聞いてるんだよな……)


 蝉の声を夕日の向こう側に追い払うかのように、学校の目の前で鳴り響くチャイムの音が一際大きく耳に染み入っていく。


 

 「よう、龍崎」


 校門の前で、稔が声をかける。その横には村中がいる。


 5時15分。2年A組の教室に入ると佐田、当間、龍造寺の3人が既に来ており、そして5時25分。最後に大橋が教室に入ってきた。


 「これで全員揃ったな」


 そして5分後の5時30分。教室に玉野が入ってきた。


 


 「よし、みんな席につけ。それと龍崎、こっちへ来なさい」


 玉野は教壇に立っている自分の横を指差し、勇斗に対し、ここへ来るように指示した。そして勇斗は玉野の指示通り、教壇に立つ。


 

 「キャ~龍崎先生」

 

 稔が教壇に立つ勇斗をはやし立てようとする。が、


 「オイ、羽賀。静かにしろ」

 「……すみません」


 玉野が注意をすると一転して教室の雰囲気は重苦しくなり、いつもの授業風景が再現された。

 


 「みんな、話は既に聞いていると思うが……」


 退屈そうな表情を浮かべる生徒達の中、玉野が合宿の趣旨を説明し始める。


 「みんな、今回のゲーム感想文は、かなり苦労しているという話を聞いた。だが、ここにいる龍崎は感想文の趣旨を理解し、きっちりと課題をクリアした」


 席に座っている生徒達の表情が一変し、と小声が聞こえる。


 「マジかよ……」

 「龍崎の奴、何したんだ?」


 勇斗は特別に成績がよいわけでもない。そんな「ごく普通の生徒である」彼が教師の横で「お墨付すみつき」を得ている。そんな姿は他の生徒達にとって、にわかには信じがたい様子であった。



 「静かに!」


 玉野が小声でしゃべる生徒達を制するように一喝した。


 「だから、みんなも龍崎の指示に従い、感想文をここで完成させて帰って行ってほしい」


 そう、これは「教師である」玉野による補習授業ではない。あくまで勇斗と一緒に課題を仕上げる、いわば「自習」なのである。



 玉野は教室の後ろの席に積まれている袋を指差し、


 「それと、父兄の方からお弁当の差し入れがあった。俺は7時になったらここに来るから、夕食の時間をきちんととるように」


 そう言って時計を眺めると、


 「以上。俺は1階の宿直室で待機しているから、何かあったら連絡するように」


 そう言い残すと玉野は教室を去って行った。そして今、教壇に立っているのは勇斗のみである。


 

 「玉野の奴、行ったか?」


 佐田が稔に対し、確認をとる。それに対して稔は親指と人差し指をくっつけて円を作り、OKのサインを出す。


 「じゃあ、始めようか」


 勇斗が全員に対し「合宿開始」を宣言した。


 

 ▽


 1階の職員室の隣にある宿直室しゅくちょくしつは、玉野が赴任ふにんしてくるよりもずっと前、というより宿直制度が廃止されて以降は長らく放置されていた。


 いわば「開かずの間」となっていた場所である。しかし昨今の少子高齢化の流れに加え、ここ数年、全国で大規模な震災しんさいも相次いだため、各地の自治体は安全な避難場所ひなんばしょの確保に追われている。


 そういった影響もあり、虎ノ口学校も学校という教育施設に加え、公民館的こうみんかんてきな機能を任されるようになってきていた。結果、3年ほど前から警備会社のスタッフが常駐じょうちゅうするようになっており、宿直室が再び利用され始めていたのである。



 「お疲れ様です」

 

 警備員が玉野に声をかける。白髪の多いその風貌ふうぼうから、定年退職後に再就職した方であろうか。


 「ここだけ、昭和の時代から取り残されたみたいですね」


 玉野自身、宿直室を見学したことはあったものの、実際に利用するのは今回が初めてであった。



 ――古びたたたみ、ちゃぶ台と座布団。そして今はほとんど見かけなくなった箱型のTVテレビ


 昭和の時代から取り残されたような、という警備スタッフの感想はみょうだといえるだろう。


 

 「先生、ゲームはやられますか?」

 「まあ、多少は」


 「それはよかった。今ね、ゲームやってるんですよ」


 警備員は、TVの横に置いてあったゲーム機をおもむろに取り出し、ちゃぶ台に載せる。 


 「孫が今、小学校5年生なんですけど。中学受験で忙しいみたいでね」

 「まあ、確かに。そういう時期ですよね」

 「それでね、私がレベルアップとか、レアアイテムの入手を手伝ってあげているんですよ」


 なるほど、確かにRPGをすすめるにあたって経験値、あるいはお金を貯める事は最重要課題である。


 最近のゲームは昔ほど長時間の経験値稼ぎ、あるいはお金を貯めることはなくなった。しかし一定のは必要であり、それをにハマると貴重な勉強時間が削られてしまう…



 「ここの風呂は、なかなかいいですよ」

 「そうなんですか?」


 警備員によると、浴槽よくそうは大きく、5~6人は入れるらしい。そしてシャワーも3つあるという。


 「何だかちょっとした旅館みたいな感じですね」

 「そういえば確かに、浴槽は大きかったですよね」


 玉野は以前、宿直室を見学した際、校長から受けた説明を思い出した。ここの風呂場は地震や台風といった、災害が発生した時の避難場所となることを想定し、大勢の人が入浴できる設計にしたという。


 (今回の合宿の人数は7人。二手ふたてか、三手さんてに分ければ大丈夫か……)


 その方がいいのかもしれない、と玉野は思った。急な合宿で、事前の準備は決して十分ではない。だとすれば、やはり少しでも、子供達は自分達の目の届く場所にいた方がいい。


 「子供達は、風呂はどうするんですか?」

 「プールにある、水泳部のシャワー室を使ってもらう予定ですが」


 「それは勿体無い。ここの風呂に入らせてあげればいい」

 「確かに、その方がいいかもしれませんね」


 そんな会話が続く中、玉野がポケットの中からスマホを取り出し、ちゃぶ台の上に置いた。スマホからは何やら、生徒達の会話が聞こえてくる。


 「先生、それは一体?」

 「この子達の教室ですよ」


 どうやらロッカーの中に盗聴器とうちょうきを仕掛けたらしい。そして、そこから彼等の会話する様子が聞こえてくる。


 「盗聴ですか?一体何故、そんなことを……」

 「念のためですよ。一応、念のため」


 最近の子供達は放っておくと何をしでかすか分からない。例えば危険な場所。あるいは禁止区域きんしくいきに入って、その様子を動画やネット上にアップする…


 そしてその結果、大勢の人間から非難される。いわゆる「炎上」である。


 彼等にとって、夜の学校というのは「ネタの宝庫ほうこ」だ。したがって、ちょっと大人が目を離したすきに何をしでかすか分からない、非常に危険な存在なのである。


 「だからね、そういう場所に行こうって話があったら先回さきまわりしておかないと」

 「なるほど、先生も大変ですね」

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