LEVEL43 / 作戦会議(後編)

 「喧嘩を売る…ですか?」


 勇斗にはその意味が全く理解できなかった。


 成績を上げる。しかも短期間で成果を出すことは、学校の教師から「生意気だ」と言われることはあるかもしれない。しかし一体、なぜ塾に対して喧嘩を売る行為なのだろうか?



 「全然わかんないですよ。一体どういう事ですか?」

 

 だが、そんな勇斗の反応を待っていたかのように、石津が答える。



 「正直、君のような生徒ばかりだと塾の経営は成り立たない」

 「すみません……」

 「いや、いいんだ。本来はその方が好ましんだよ」


 勇斗はその場の雰囲気で謝った。が、どうも納得がいかない。自分の存在が迷惑みたく言われたと思ったら、その次は「その方がいい」とか、一体この人は何が言いたいのだろうか?


 

 「つまり、課題をたくさんやったって成績は伸びない。それどころかマイナスになる……そのことをゲーム合宿で証明してもらいたいんだ」


 自分が、塾の指導方針が間違っていると証明する?塾の室長直々による、突拍子もない提案に勇斗は思わず退り、その反動で椅子のガタ付く音が教室中に響き渡る。



 要するに自分がゲーム感想文の書き方を友達、いわば虎ノ口中学校の生徒達に「塾の先生の立場で」教える事で、学進ゼミナールの宣伝をして欲しいということだ。


 「いや、無理ですよ。今回の感想文だって杉田先生に半分、書いてもらったようなものだし」

 「いや、出来る。むしろ出来ると言っておくよ」

 

 石津の目は明らかに本気だ。それは単なる命令ではなく、勇斗に対する実力を評価した、信頼の目である。


 「わかりました……やってみます。どこまで出来るかわからないですが」

 「ありがとう、頼むよ」


 勇斗がそう答えると石津の表情は柔らかくなり、それはまるで長い緊張からようやく解きほぐされたような感じでもあった。


 

 時計の針は午前11時40分を刻んでいる。


 「少々早いけどな、今日はおしまい」

 

 緊張が解けた石津に合わせるが如く、杉田が本日の講義の終了を宣言する。


 「終わりですか?」

 「これから合宿の準備とかあるだろ?」


 

 合宿は学校で行われる。したがって、もし足りないものがあれば家に電話して届けてもらうことだって十分可能だ。


 だが、勇斗にはこの合宿において塾からの依頼を遂行すいこうしなければならない。そうなると少々早く帰って荷物の準備だけでなく、「」が必要だともいえる。


 「分かりました。では失礼します」

 「おう、合宿頑張れよ」


 勇斗が、いつもより少々、早く退出すると、その教室には石津と杉田が2人、残されている。


 「これで良かったんだよな……」

 「大丈夫っすよ。龍崎ならやってくれる……間違いない」



 ――ある学習塾の命運が、ある一人の生徒。いや一人の「勇者」によって託されようとしていた。



 ▽


 相変わらず厳しい暑さが続く。


 勇斗が自宅に戻ると、昼ごはんの素麺が用意されていた。TVでは昼のニュースが流れ、やれ今日もどこで40度を超えたとか、熱中症で何人が病院に運ばれたとか。


 あるいはクーラーを積極的に使用するように、だとか……そんな天気に関するニュースがもっぱらの話題だ。



 「今日、合宿だよね?」


 母親の美香が、素麺そうめんをほおばる勇斗に対し、確認をとる。


 「そうだよ、何で?」

 「いや、別に。念のため」


 むろん、彼女は自分の子供が学習塾から「特命とくめい」を受けていることなど全く知らないだろう。もちろん、そんなことを知ったのは勇斗本人だって、つい1時間前のことだ。


 

 お昼ご飯を済ませると、冷蔵庫にあったアイスキャンディーをとり、足早に2階の部屋へと向かう。


 「筆記用具とノート。それと……」


 布団は学校で用意してもらえると聞いた。おそらくサッカー部とか、野球部の合宿で使われているものだろうか。



 「おっと、ノート」


 机の上にあった大学ノート、即ち学進ゼミナール用の講義ノートに目がまった。


 

 「そういえば、ここから全てが始まったんだよな……」


 考えてみれば、自分の周囲が劇的に変化したのはつい、2週間くらい前のことだ。


 ・ゲーム感想文と聞いて歓喜した夏休み前。

 ・「課題をこなす」と称し、ゲームにのめり込んだ夏休みの前半。

 ・課題が終わらず、苦しんだ夏休みの中盤。


 そして、勇気を出して学進ゼミナールの門を叩いて。



 ――こんなはずじゃなかったけど。


 夏休みの終盤。今、自分はクラス全体。そして学習塾の期待を受けている。



 「とりあえず、昼寝しておくか……」


 勇斗はとりあえずベッドに横になった。


 午前中の講義。そして塾からの提案でいつもより疲れていた体は思ったより早く寝入ねいってしまった。あとは夕方の「開始時間」を待つだけである。

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