LEVEL26 / ゲームとの理想的な付き合い方とは?

 玉野が言うには、例えば「10分やる」と決めてゲームをやる。そしてその時間がしっかりと守れる子にとって、ゲームは有害ゆうがいどころか有益ゆうえきなのだという。


 「そんなの無理に決まってるじゃないですか!」


 智恵子は納得できない様子で「非現実的ひげんじつてきだ」とまくし立てる。まるでゲームの制限時間を破った子供に対して説教をするが如く、である。


 「そう、ほとんどの子には無理です」

 「じゃあ、結局ダメじゃないですか!」

 「でも……いるんですよ」

 「いる?」


 すると和久井が突如とつじょ、そんな2人の激論に割って入る。


 「あの、それって無理なんですか?」

 「無理に決まってるでしょ!」

 「当然です。私は現場で見てるんですよ!」

 「いや、それって無理というより……当たり前じゃないですか?」


 思いもよらぬ和久井の反応に、智恵子と玉野の態度は一変。


 さっきまでの勢いはどこへやら。一瞬の沈黙を挟んだ後、2人そろって視線が和久井に向けられる。


 「いや、少なくとも僕はそうでしたし……」

 「例外ですよ!それも例外中の例外」


 智恵子は両手を突いて席を立ちあがり、和久井の前に身を乗り出す。まるで、自分の持論を否定された相手を糾弾きゅうだんするが如く、である。


 「いや失礼。自分の周辺ではそういう人ばっかりだったんで」

 「どういうことですか?」


 彼女は、まるで「信じられない」といった様子で和久井を凝視ぎょうしする。今、立ったままで彼を見つめる姿はまるで、警察官が取調室とりしらべしつ容疑者ようぎしゃ尋問じんもんするシーンそのものである。


 「みんな10分で「時間通りに」切り上げてたんですか?」

 「少なくとも自分の周りはそうでしたが?」

 「どうして、それが出来るんですか!」

 「出来るんですか、と言われましても……」


 和久井は逆に困惑した。なぜなら本人にとってみれば、あまりにもからだ。そんなことを「説明しろ」と言われても、彼自身は説明しようがない。


 だが、彼の作ったゲームに嵌り過ぎている子供は多く、それ故に保護者達から批判を受けているのも事実である。そして今回、本を出そうと思った理由もそういった批判を何とかしずめようとする意図いとが存在しているのもまた、事実である。


 「そうですね、敢えて言えば「予定」でしょうか?」

 「予定、といいますと?」

 「ゲームをしている間にも、考えているんですよ」

 「考えてる、といいますと?」

 「ゲームが終わったら、何をどう勉強しようかって」

 「ゲームをしている最中に、ですか?」

 「そうです」


 和久井に言わせると、ゲームをしている最中さなかにも「今日、何を勉強するか?」という思考しこう、即ちスケジュールの管理が行われているという。


 そして、そのスケジュールが明確になると……もはや勉強のことが気がかりで、ゲームどころではなくなってしまうという。


 「完全に大人の発想ですね。いや、それが本来、ゲームとの理想的な付き合い方なんです」


 玉野は「たり」といった表情で、和久井の意見に同意どうい意思いしを示す。


 「でも玉野先生、子供は無理ですよ!」

 「確かに。だから言ったじゃないですか」


 玉野に言わせれば、和久井のような子はクラスに1人か2人といったところだろうか。あるいは学年全体で1人いるかどうかもわからない。


 いや、和久井のように東大に受かるような秀才。あるいは彼のような秀才が多く集まる進学校においては、クラスの大半がそれを「常識」と考えているのかもしれない。


 「公立中学校は所詮、無選抜クラスなんです」


 玉野が最初に和久井と会った際に言った言葉に偽りはなかった。言い換えれば進学校は「選抜」。それも和久井のような秀才が集まる進学校は「特別選抜クラス」といったところだろうか。


 「つまりONオンOFFオフのスイッチを上手にえられる子です」


 ONとOFF……要するに「自分で決めた時間内にゲームを切り上げられる子」といった感じである。


 ゲームをプレイしている最中、多くの子供の頭の中は「からっぽ」だ。そしてゲームが終わった後の予定まで全く頭が回らない。


 したがって、ゲームが「切りのいい部分」で終わるといった状況……即ち「強制きょうせい終了しゅうりょう」がない限り、いつまでってもめることが出来ない。


 いや、子供に限ったことではない。大人でさえも大半はそういった感じではないだろうか。


 一方、和久井のように、ゲームをしている最中さいちゅうであっても「本日の予定」あるいは「年間スケジュール」をしっかりと意識出来ている人間が存在するという。


 むろん、本来はそういったケースが理想なのかもしれない。だが玉野の言うとおり、そんな人間。それも子供は「クラスの内にせいぜい1人から2人」なのである。


 大多数の子はゲームに嵌り、そして貴重きちょうな勉強時間を無駄にしてしまう。そして予想以上に時間を浪費ろうひした結果、勉強に手が付かない。あるいは無駄に過ぎた時間をカバーしようとすべく勉強をしようとした結果、夜更よふかしをしてしまう。


 その結果、学校の授業はもちろんのこと、それ以外。即ち部活動にも支障をきたしてしまう……


 「大半たいはんの中学生は、大人の我々が思っている以上に判断力はんだんりょく未熟みじゅくです」


 そんな玉野の意見に対し、和久井は自分がどうやら「例外的な存在」であることを認識したようである。


 「確かにそうですね」

 「そして自制心じせいしんがない」

 「まあ、そうかもしれませんね」

 「だからこそ、ゲームは「原則禁止」と考えるべきなんです」


 誰だって、人にうらまれるようなことはしたくない。しかしゲームという「魔物モンスター」に対しては、それくらいきびしく向き合わないといけない。言い換えればゲームというものは、それだけ「魅力的みりょくてき」なのである。


 「その気持ち、分かります」


 阪口が二人の会話に割って入る。そして、その言葉を聞いた智恵子はあからさまに面食めんくらった表情をし、


 「何で阪口社長がそうおっしゃるのですか?」

 「保護者の方々から、そういう相談を受けております」


 実際、阪口塾にもゲームに嵌っている生徒が少なくない。そして、それによって勉強時間がけずられた結果、「宿題をやって来ない子」あるいは「予習をしてこない子」が少なくないのである。


 もちろん、阪口塾は嵯峨野ゲームスのキャラクターを広告やテキストに入れる程、ゲームの有益性を理解している。


 しかし、だからこそ「ゲームの恐ろしさ」を他の塾よりも一層いっそう熟知じゅくちしているのである。


 「そもそも、今回の出版の目的はといいますと……」


 著者となる和久井……ではなく阪口が、その出版の意図について全員に説明を始めた。


 「子供達には、自分達が今まで浪費していた時間を少しでも有効活用して欲しいんです」


 もしこれが、和久井の口から直接発したものであれば、


 「自分が作っているゲームの悪影響に対する罪滅ぼしのつもりか……」


 そう思う人はおそらく、存在する。

 

 だが阪口が代わりにいう事で、和久井の意図はまぎれもない本心として伝わったといえるだろう。


 「私も同感です」


 玉野が阪口に続く。


 「もちろん、私もですよ」


 和久井はようやく自分自身を客観的に見ることが出来た、という感じで彼等に同意した。


 3対1。それも相手が全員、男である。さすがの智恵子も、この状況では分が悪い。


 「私が今回の出版を了承したこと。そして、それに先駆けて玉野先生にゲーム感想文を夏休みの課題として出していただいたこと、ご理解いただけたでしょうか?」


 和久井ようやく「著者本人らしい態度で」、その場にいる全員に理解を求める。


 「分かりましたよ、全く」


 智恵子は渋々しぶしぶ、という感じで和久井に返答へんとうした。理解も何もない。もはや結論はとっくに決まったようなものだ。


 それはまるで、自分だけ仲間外れにされた子がねているようでもある。


そしてそんな彼女に追い打ちをかけるように、和久井は続ける。


 「実はね、ゲームは勉強に役立つんですよ」

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