LEVEL25 / 私、ゲーム好きですから

 勇斗達が「合宿」を計画し始めた頃、月城陽菜つきしろはるなの母親である智恵子ちえこは嵯峨野ゲームスの本社にいた。


 目的は和久井が今度、出版する本の打ち合わせである。


 「はじめまして、嵯峨野ゲームスの和久井です」

 「こちらこそはじめまして。南北出版なんぼくしゅっぱんの月城です」


 挨拶あいさつが済むなり、早速両者は本題に入る。


 まず智恵子が今回、和久井が出版しようとしている著書ちょしょの仮タイトルの候補こうほを挙げた。


 『君はゲーム感想文を書けるだろうか?』

 『東大に受かりたければゲームをやりなさい』

 『カリスマYoutuberが教える凄い勉強法』

 『子供の才能を伸ばすゲーム活用術』


 目的は和久井の嵯峨野ゲームス、そして阪口塾のプロモーションである。


 「失礼致します」


 両者が本のタイトルの打ち合わせをしていると、嵯峨野ゲームスの社員と思われる男性が入ってきた。


 「お客様をお連れ致しました」

 「ありがとう。入ってもらって」


 男性に案内され、2人の人物が入ってくる。一人は阪口塾の代表取締役である阪口信昭さかぐちのぶあき。そしてもう一人は……


 「玉野先生じゃないですか!」

 「月城さん、何でここに?」

 「それはこっちの台詞です!」


 忘れもしない。去年の夏休み。


 娘の陽菜が提出した課題を「コピペした」と難癖なんくせをつけ、本人の言い分も聞かずに再提出を要求した男。そして、親の自分が抗議したにもかかわらず「娘の宿題を代行した」と、さらに言いがかりをつけてきたトンデモ教師……


 「帰って頂けますか?」

 「いや、いきなりそんなことを言われましても」

 「迷惑なんですよ!」

 「まあまあ、お二方とも落ち着いて」

 

 突然始まった、両者の争いに和久井も困惑気味である。しかしそんな彼のフォローを振り切るかのように、


 「和久井社長、これは一体どういうことですか?」

 「どうって、今日の打ち合わせに参加する方々ですよ」

 「そうじゃありません。一体彼は何ですか?」

 「何ですか……と言われましても」


 どうやら2人には何か因縁いんねんがあるらしい。だが、和久井はそんな因縁など知らない。


 「あ、そういえば」


 最初に南北出版から本を出さないかと打診だしんの電話があった時である。その時、学校の教師がひどい奴で何とかかんとか……って、そんな話をしてたような気がする。


 「とにかく落ち着いて下さいよ」


 和久井は確かに、今注目されているゲーム会社の社長だ。とはいえ、現在21歳の彼は外見がいけんだけ見れば「そこいらの兄ちゃん」なのである。


 そんな彼が、下手をすれば親と同じくらいの年齢の「大の大人が」顔を合わせるや否や、仕事そっちのけで口論を始める。いくら彼でも「はと豆鉄砲まめでっぽうをくらったかのように」唖然として見ているしかない。


 「とにかくですね、今日は私も含め、4人での打ち合わせです」


 その姿は、少なくともこれから本を出版しようとする著者ではない。というよりはむしろ、討論番組とうろんばんぐみの司会者か何かのようである。


 「今回、阪口社長。そして虎ノ口中学校の国語教諭きょうゆである玉野先生に来ていただいたのには理由があります」


 阪口社長が来る意図は分かるにして、何故一介いっかいの中学教師がこんな場所に来ているのだ……少なくとも今の智恵子の気持ちはそうであった。


 「私が説明しましょう」


 智恵子の気持ちを察したかのように、玉野が和久井に続く。


 「月城さん、私がゲームぎらいだと思いますか?」

 「当たり前です!」

 「何故ですか?」

 「あなたね、生徒のゲーム機を没収したでしょう?」

 「確かに、そうです」

 

 智恵子の怒りは一向に収まる気配を見せない。


 「それで、卒業するまで返さなかったとか!」

 「あれはですよ」

 「フィクション、何言ってるんですか?」

 「単なる「ハッタリ」です」

 「ですって?」


 一度振り上げてしまったこぶしは容易には下せない。しかし今の智恵子はまさしく「おろさざるを得ない」状況である。


 「それに私、ゲーム……なんですよ」

 「この後に及んで一体、何を言ってるんですか!」

 「いや、好き「だった」というべきでしょうか」


 玉野の子供の頃、ドラクエシリーズの1~5を中心にやり込んだ、いわば「ファミコン世代」だ。したがって、そんな彼がゲーム嫌いになるわけがない。


 むしろその逆。その前後の世代、というより今の生徒達よりも「ゲームに対する思いれ」が強い。


 「このような言い方は少々、不適切かもしれませんが」


 ゲームは多くの子供達にとって有害だ。なぜならゲームは強力な中毒性ちゅうどくせいがあるからのだという。


 そしてその中毒性におかされ、「禁断きんだん症状しょうじょう」が悪化した挙句あげくに勉強、そして部活動を止めてしまった子も決して少なくない。


 「そんな大袈裟な!」

 「月城さん、大袈裟なんかじゃありません」


 彼自身、ファミコンに夢中になった世代の人間だからこそ、その恐ろしさを「誰よりも知っている」のである。


 「だからこそ、禁止すべきなんです」

 「でも、だからって没収は……財産権ざいさんけんの侵害じゃないですか!」

 「おっしゃることは分かります。でも」

 「でも?」


 多くの子供達はゲームに夢中になる。最初は10分のつもりが20分。そして30分……気付けば1時間、いや2時間を過ぎてしまっていることも不思議ではない。


 「ちゃんと勉強するなら」という条件で始めたにもかかわらず、当初の予定を大幅おおはば超過ちょうかしている。そして一向に止める気がない。親からすれば、明らかな「契約違反けいやくいはん」である。


 しかし、


 「出来る子は分かっているんです」

 「分かってるって?」

 「ゲームは毒にもくすりにもなるってことです」

 「どういうことですか?」

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