LEVEL24 / 合宿計画(後編)

 「でも、そんなお金ないだろ?」

 「いや、旅館とかそういうのじゃないよ」

 「じゃあ、何?」

 「とりあえずOKしてくれそうな奴の家」

 「オイオイ、何だよそれ」

 「俺も一応、親に頼んでみるからさ」


 なるほど、それなら大してお金はかからない。しかし、それにしても「宿題合宿」なんて前代未聞だ。


 1人や2人ならば許可してくれる親もいるだろう。が、それが5人あるいは10人くらいとなるとどうだろうか?


 現にほとんどの生徒が宿題を終えていない状況だ。もしクラス全体を巻き込むことになれば、一人の家に20人以上が押し掛ける事になってしまうのではないか……


 「なんか、無理っぽくね?」

 「大丈夫だよ、そんなに人来ないって」

 「何でそう言えるんだよ」

 「だって、みんな部活いそがしいじゃん」


 勇斗は、と思った。


 確かに、部活で忙しい連中は泊まり込みで宿題など出来ないだろう。なぜなら翌日、練習がある。


 あるいは現在、合宿で家を空けている奴もいるかもしれない。そうなると、この企画に参加出来る奴はどうだろう……勇斗が考えたところ、おそらく5人もいればいいという感じだ。


 「まあ、俺達も含めてせいぜい3~4人だろうな」


 稔も勇斗と同意見どういけんだ。そして更に、


 「4人くらいが終われば、全員終わるんじゃねーの?」


 つまり稔に言わせれば、宿題を終わらせた「メンバー」が、それぞれ別の友達に教えれば解決する、という算段さんだんだ。


 「なるほど」

 「だろう?」

 「お前、そういうとこ「だけ」は頭いいよな」

 「だけ、は余計だろ!」


 なるほど。確かに、今の勇斗なればゲーム感想文の書き方をクラス全員に教える……それだけじゃない、学年全体で「国語の授業」だって出来そうな感じだ。


 しかし、夏休みも残り10日を切った。そんな状態で今から全員と連絡をとり、そして個別に対応するなんてまず不可能だ。


 そういえばテレビのニュースでやっていたな。何だっけ?グラスに注がれたお酒が上から流れて行く……そうそう「トリクルダウン」だったっけ?


 それならば自分一人だけで何もかもやる必要はない。稔の提案は、一見冗談のようにも感じられるが、よくよく考えてみれば非常に効率のいい方法といえるだろう。


 「それじゃさ、俺が連絡してみるから」

 「ああ、頼むよ」

 「明日、もう一度連絡するわ」

 「OK、じゃあお願い」


 そう確認すると、稔は電話を切った。


 稔は部活をやっていない。いわゆる「帰宅部」だ。しかし、こういったコミュニケーション力とか、あるいは情報じょうほう収集しゅうしゅう能力のうりょくは何かな、運動部のマネージャーとかに向いてんじゃないかと思う。


 ドラクエだと何だろうな?仲間をまとめ上げるってことは……


 (あいつ、実は勇者に向いてんじゃねーの?)


 ふと勇斗は思った。もしこの合宿が成功したとして、ゲーム感想文に合宿の計画から実行を書くとする。


 そして、「自分が仲間を集めた方法」という経験をもとに感想文を書けばよいのではないだろうか?


 「ま、合宿というのが実現すればの話だけどな」


 やはり宿題合宿、なんて前代未聞ぜんだいみもんなのだ。それに、いくら子供の友達だからって、そう簡単にめてくれる家なんてあるわけがない。


 現に自分の家の場合、親は絶対に断るだろう。その理由はもちろん「正しい勉強のやり方じゃない」からだ。


 おそらくは、やれ学校の先生の引率いんそつがなければダメだとか、あるいはゲームを持ち込んだらダメだとか、まるで修学旅行か何かのようなルールを押し付けてくるに違いない。



 時刻は525を回っている。


 「そうだ、塾に電話してみるか!」


 もしかしたら、最大で5人くらいが集まる。ドラクエでいえば「パーティーの人数」くらいにはなっている。


 仮に合宿……そうでなくても稔と、そして他の友達と一緒になる時間があるとすれば、おそらく自分では考えない発想で文章が書けるのではないか。


 だとすれば、事前に確認しておいて損はなさそうな気がする。


 勇斗はスマホを取り出し、学進ゼミへ電話をする。


 「お電話ありがとうございます。学進ゼミナール虎ノ口校でございます」


 電話の声は若い女性。おそらく千賀美智子せんがみちこだろう。


 「あの、龍崎です」

 「ああ、龍崎君。こんばんわ」

 「こんばんわ。杉田先生いらっしゃいますか?」

 「ごめんね。杉田先生、今授業中だけど」

 「何時に終わります?」

 「ちょっと待ってね」


 千賀がスケジュールを確認するため、電話を保留状態にする。そして1分くらい経過しただろうか。


 「もしもし、龍崎君」

 「はい」

 「6時頃かな、こちらから折り返し電話するけど」

 「よろしくお願いします」

 「杉田先生に伝えておくこととかある?」

 「そうですね……宿題の質問とかで」

 「了解」


 

 *



 電話を切ってから40分くらい経った。


 「ブーブーブー」


 マナーモードに設定していた勇斗のスマホが鳴る。電話の主は学進ゼミだが、おそらく杉田だろう。


 「もしもし」

 「龍崎?今、大丈夫?」

 「大丈夫です」

 

 案の定、杉田だ。


 「宿題で質問があるって聞いたけど」

 「実は、友達と会うんですよ」

 「なるほど、で?」

 「たぶん、3人~5人くらいなんです」

 「そうか」

 「これって、ドラクエのパーティーくらいの人数ですよね?」

 「なるほど、つまり自分と友達の立場を比較したいってことか?」

 「そうです」


 もし、自分が勇者だったら?あるいは友達の誰かを勇者にするとしたら……そんな話を友達同士でやれば、大いに盛り上がるのではないか?


 「一つだけアドバイスがあるな」

 「何ですか?」

 「君が仲間外れになること」

 「何ですか?それ」

 「もし5人だったらな」

 「どういうことですか?」

 「ドラクエって、3~4人編成だろ?」

 「そうですけど?」

 「5人だと、誰かが余るわけだ」

 「確かにそうですね」

 「で、そこで「抜ける」役、やってみろよ」


 なるほど、これは勇斗も想像していたし、感想文にも少しだがれた内容だ。


 例えば自分が勇者になるとした場合、自分一人で感想文を書く場合は「ほぼ無条件に」勇者となる。


 だが、大勢で「各自かくじの役割を与える」となった場合、どうだろうか?必然的に「ポジション争い」が発生する。


 希望の役を与えられなかった人間には不満が残るだろうし、何よりパーティーから「」にされた友達とはギクシャクしてしまうかもしれない。


 だとすれば、


 「最初に僕が抜ければいいんですよね?」

 「そう、が最初に言い出さないとな」


 もし仮に何人かが集まったとして、例えば勉強が出来る。あるいはスポーツの出来る奴が「パーティー」でも発言力を持つだろう。


 そうなると、その中で「下位」あるいは「役立たず」にされてしまった奴は可哀想だ。


 しかし、最初から自分が「嫌な立場の役」を引き受けると宣言すれば……


 おそらく、既に感想文を書き終えた自分は間違いなく「最も重要なメンバー」となる。しかし、そこで調子に乗ったらダメと言う事なのだろう。


 「お前、今度はもしかしたらかもな」

 「王様?僕が、ですか?」

 「そう、魔王を倒すメンバーを決める役」

 「なるほど」


 いわば「司会進行役」みたいな感じだろうか。


 確かに。魔王を倒すのに必要なのは、何もプレイヤーが操作するキャラクターだけとは限らない。


 例えば、些細ささいな情報提供者に過ぎない村人むらびとや、伝説の武器のを教える町の長老みたいな人も、もしかしたら「自分の適性に合った存在」かもしれない。


 「ちょっと聞いていいですか?」

 「ああ、いいよ」

 「村人の立場でドラクエを論ずる、ってアリですか?」

 「もちろん。ソレ、面白そうじゃん」


 なるほど、ならばもっと極端な事例。例えば魔物モンスター魔王ラスボスといった立場で論じてもおそらくOKだろう。


 それって、もしかして……


 「魔王の適性がある奴っていますかね?」

 「もちろん、いるとも」


 例えば5人の内、自分が魔王の立場になるとする。そして残りの4人がパーティーを組む……そんな「ロールプレイ」も可能なのではないか?


 「分かりました、ありがとうございます」

 「これでいいか?」

 「大丈夫です」

 「それじゃ、次な」


 次の予定を確認し、杉田は電話を切った。


 「自分がもし魔王ならば、どうやって勇者を倒すだろうか?」


 面白そうだ。そして「友達の」勇者と意見を交わしてみる。


 「もし合宿になれば、この話題で盛り上がりそうだな」

 

 まだ決まってわけでもない「合宿」。しかし勇斗は不安よりもむしろ「これは成功するだろう」という大きな期待感を感じつつあった。

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