LEVEL21 / ロールプレイング

 授業が始まると、勇斗はさっそく、杉田から出された課題を彼に見せた。昨日きのう完成し、我ながら自信作だと思っている小論文の下書きだ。


 「龍崎、お前……」

 「ハイ」

 「お前が書いたのか?」

 「いや、別に……すみません」

 「いや、そうじゃなくって」

 「あの、すみませんでした」


 勇斗は杉田の事が、どうも苦手であった。


 彼は東大医学部という、おそらく「日本一勉強が出来る」大学生だ。しかしそのイメージに似つかわしくない、その何となくおチャラけた雰囲気。


 とはいえ、やはり講師としての実力には勇斗も一目いちもく置いていた。


 なにしろ中学生というのは大人に対し、往々にして反抗的だ。言葉遣ことばづかいだって、一人称を「僕」という奴は軟弱なんじゃく、あるいは性格が暗いキャラ。いわゆる「いんキャ」のレッテルを張られてしまうことがある。


 だから自分を少しでも強く見せようと思い、多くの男子生徒の一人称は基本的に「俺」である。にもかかわらず、彼を前にするとつい、自分の事を「僕」といってしまうのだ。


 杉田は大学生だ。そういう意味で、彼はまだ「一人前の」大人ではない。となると、勇斗が彼に対して抱く感情は、おそらく部活動の怖い先輩。あるいは尊敬する先輩に対して向ける眼差まなざしというのが適切だといえるのかもしれない。


 「いや、お前もしかして、天才じゃねーの?」

 「えっ、何ですか?」

 「天才……ですか?」

 「そう、これはマジ天才」

 「ホントですか!」

 「嘘ついてどうすんだよ」

 「もう一回、言ってくださいよ」

 「オイオイ、そりゃ調子に乗り過ぎだって」


 やはり自分は間違っていなかったのだ。自宅で課題に取り組んでいた時の、あの達成感は決して単なる自己満足ではなかった、ということだ。


 「そうだな……80点」

 「え、なんでですか?俺、天才ですよ」

 「まあ、そこそこだな」

 「どっちなんですか!」


 ちょっと待て。この前が「ギリギリ」70点で合格、といっていたじゃないか。そして今回は「天才」なんて褒めておきながら、点数がちょっと上がっただけって、一体どういうことなんだ?


 「もし、自分が勇者だったらって話だけど」

 「それですが何か?」

 「これを「ロールプレイ」というんだよ」

 「RPGのことですよね?」

 「いや、そういう意味じゃなくて」


 ロールプレイング。これはビジネスの世界では「役割演技」というらしい。実際に発生するであろう様々な状況を想定し、一人ではなく、複数の人が役割を演ずる。


 「泥警どろけいっていうのがあったよな?」

 「鬼ごっこのことですか?」

 「そう、鬼ごっこも一緒」

 「一緒、といいますと?」


 泥警、というのは一種の「鬼ごっこ」だ。逃げる側が「泥棒どろぼう」。追いかける側が「警察けいさつ」。


 制限時間内せいげんじかんないにどちらが多くをつかまえるか。あるいは逃げ切るかと言う、子供達の中では定番ていばんのお遊びだ。


 むろん、言い方はちがえど鬼ごっこも一緒だ。「鬼」が追いかける側で、逃げるのは「人」である。


 泥警は泥棒、あるいは警察の役割をそれぞれ与えられる。鬼ごっこの場合は、鬼と人だ。


 そしてドラクエはプレイヤーが勇者という役割。すなわち「ロールプレイ」をするゲームだから、即ちRPGなのだという。


 「つまりな、この文章の作者は勇者という「役」を演じている」

 「作者って僕のことですか?」

 「そのとおり」

 「演じる、ですか?」

 「そう。自分だけではなく、友達も、だ」

 「確かに、そうですね」


 確かに、言われてみればそうなのかもしれない。自分はもちろんのこと、友達も含めて「誰が勇者にふさわしいか?」という話を入れた。


 もちろん、実際のゲームだと勇者は一人しかなれない。しかし、現実世界はそうではないわけだ。


 「現実世界で勇者になろうとしたわけだよね?」

 「そうですね、確かに」

 「例えば、魔王になろうと考えたりはしなかった?」

 「考えてません」

 「そこ、まず減点-5」

 「減点なんですか!」


 もしも、自分が勇者だったら……確かにそこまでは考えた。そして、その考えは「天才の発想だ」と言われた。


 しかし、自分が魔王だったら……いや、さすがにそんなこと考えないだろう。仮にそれが考えられたら「天才以上の大天才」ってことなのだろうか?


 「なあ龍崎、もし自分が典型的な「戦士タイプ」だとしたら?」

 「そりゃ無理ですよ。そういうのって運動部の連中でしょう?」

 「そうじゃなくて、自分がそういうキャラにしかなれないとしたら?」

 「そうですね……例えば体をきたえるとか」

 「そう、それなんだよ!」

 「それ……ですか?」


 確かに、勇斗は少なくとも自分が「戦士」という風には考えていなかった。


 それは運動部。例えばバットや竹刀といった道具を使う連中のイメージでしか捉えたことがなかった。


 「もし、自分がそうなるとすれば……」


 やっぱり武器を使う練習、即ち「戦闘訓練せんとうくんれん」を一生懸命やるべきなのだろうか?


 「ちょっと思いつきにくいのですが」

 「じゃあ、それ以外に何が思いつく?」

 「思いつく、といいますと?」

 「魔王を倒すために、自分に何が出来るか?」

 「自分に何ができるか、といいますと?」

 「もし、勇者以外のポジションだとしたら?」


 なるほど、確かに自分は漫然と勇者の役割が与えられると思っていた。しかし、実際はそうとは限らない。


 武器、すなわち物理的ぶつりてきな攻撃力でパーティーに貢献こうけんするか?いや、それとも魔法だろうか。


 あるいは魔法でも攻撃系と回復系かいふくけいがある。


 では結局、自分はどういった部分で貢献していけばよいのだろうか?


 「難しい問題だよな」

 「そうですよ、ヒントとかないんですか?」

 「じゃあ、それが今回の宿題」


 ちょっと待て、まだ授業が始まって20分くらいしか経過していないじゃないか。いきなり「今日の宿題」って、あと1時間半以上もある授業は一体どうする気なんだ?


 「それと、もう一つ質問」

 「何ですか?」

 「王様は誰だと思う?」

 「そうですね……学進ゼミですかね?」

 「違うな、この課題を出した先生だ」

 「え、玉野が?冗談でしょ!王様どころか魔王でしょうが」

 「その玉野先生というのが、実はなんだよ」

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