LEVEL20 / 勇者はつらいよ

 勇斗の「授業」あるいは「体験入学」は、基本的に午前10時~12時である。


 そのため、広王が家を出て会社に向かう7時半過ぎよりもちょっと後。8時過ぎに起きて、9時過ぎに家を出発するという感じだ。


 自宅を出た父親とわるようにして、息子が1階のリビングに下りてくる。そして朝食に手を付ける。


 「勇斗、これ」

 「何?」

 「阪口塾の……」

 「体験入学の話?」

 「知ってたの?」

 「稔から聞いた」


 前日の夜、広王が美香に頼んでいた内容である。つまり勇斗を阪口塾に体験入学させてみたはどうかというわけだ。


 「でも、俺、今は学進ゼミ行ってるし」

 「何で行ってるの?」

 「何で?って何なんだよ!」


 相変わらず自分のことを疑っている。勇斗は「またか」と思った。


 学進ゼミに通い始め、といってもまだ1回しか授業を受けていないが……それでも勇斗は感想文の書き方が理解できるようになったし、そして今日の授業に向け、しっかりと宿題。というより「予習」をこなしている。


 ところが両親にしてみれば「お前が自分から塾に行くなんて有り得ない」と思っているのだ。


 (模試もしで高得点でも見せつけられれば……)


 結局、「結果が全て」なのだ。今の自分。いや、たった数日前の自分を見せただけで親はきっと、自分の事を認めたりしないだろう。


 それどころか逆に、「こんな勉強法は間違っている」と否定されるかもしれない。「勉強法が間違っている」というのと「勉強していない」のは、ほぼ同義語どうぎごだ。少なくとも勇斗の両親にしてみれば、である。


 即ち、勇斗がどんなに勉強をしていても、勉強をしていない……それどころか「勉強をしていないのに嘘をついている」となってしまう。


 「ゲーム感想文、終わってないんでしょ?」

 「今、やってるよ」

 「お盆前もそう言ってたでしょ!」

 「だから、今、ホントにやってるんだって!」

 「また、いつもそうやって嘘をつく……」

 「嘘じゃねーよ!」


 まるで「さっさと魔王を倒して来いよ」と命令する王様だ。そして、ゲーム感想文という「魔王」を倒せない自分は結局、「ダメな勇者」か、あるいは「にせ勇者」なんだろうか……


 阪口塾のチラシは、確かに魅力的だ。学校でも話題の嵯峨野ゲームスのキャラクターが使用されており、それを学校で見せびらかしている奴もいる。


 「夏休みのゲーム感想文、もう終わった?」


 こんなセリフをゲームのキャラクターに言われたら、確かに入塾したいと考えてしまうのも当然と言えば、当然だ。


 「でも、お父さんはダメって言ったじゃん」

 「そう。でも、無料体験入学って書いてあるし」

 「無料なら何でもいいのかよ」

 「いや、そういうわけじゃなくて……」


 子共よりも何故か、親の方が歯切はぎれが悪い。


 勇斗だって、阪口塾には以前から興味があったのだ。そして、実際に成績が上がっている友達を見て、羨ましいと思ったことだってある。


 しかし、それに対して「勉強の仕方が気に食わない」といって否定したのは自分達ではないか。それを今更「無料だからとりあえず受けてみろ」というのは少々、ムシがよすぎるというものではないか?


 「ゲーム感想文なら、別に大丈夫だよ」

 「別にって、どういうこと?」

 「学進ゼミの先生、すごい人なんだよ」

 「すごいって、何が?」

 「東大生なんだって」

 「東大生?」


 勇斗は「我ながら、上手い説得方法だ」と思った。以前、「東大生の家庭教師」というのを聞いたことがある。他の大学の家庭教師に比べ、時給が高いそうだ。


 「じゃあ、杉田の奴もやっぱり他の先生より時給高いのかな?」


 彼は、ふと思った。しかし、そんなことはどうでもいい。今はとにかく「親を説得する事」が何よりも重要だ。


 「そうなの、じゃあ」

 「そうだよ」


 別に東大生に教わっているからといって、勇斗が東大に合格するわけじゃない。しかしこういった肩書かたがき、あるいは「ブランド」といったものに大人は弱いものだ。


 「とにかく、ゲーム感想文なら大丈夫だから」

 「ちょっと、待ちなさい」


 心配する母親から逃げるように、勇斗は家を出た。


 「今日、とにかく感想文の下書きだけでも終わらせておかないと」


 きっと父親のことだ、自分が阪口塾に行く気がないといえば、「せっかく行っていいと許可してやったのに」なんて、恩着せがましく言うだろう。


 そして、それを断った理由が「ゲーム感想文は書けている」なんていえば、きっと「じゃあ、見せてみろ」と言うに違いない。


 結果、作文が完成していない自分を見て「塾へ行って来い」と命令する……そんな展開を想像するのは容易な事だった。


 「せっかく、予習までしたんだから……」


 今までの俺とは違うんだ、と勇斗は何か自信のようなものを感じていた。


 確かに、阪口塾のテキストは魅力だ。しかし今、自分が曲がりなりにも感想文が書けるようになったのに、何も「最初からやり直す」必要なんてないじゃないか。


 午前9時55分。学進ゼミに到着すると、勇斗はスタッフルームに杉田がいることを確認する。


 そして杉田は勇斗が来たことを確認すると「じゃあ、この前のところで」と、前回の授業の教室の方向を指差した。


 前回の授業、といってもまだ1回しか受けていないのだが……それでも明らかに「何かが変わったような」感覚を覚えつつ、2回目の授業が始まった。

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