LEVEL15 / 理想と現実
オフィス街である品川駅はお盆の時期、普段の日と比べて圧倒的に人の出入りが少ない。
帰省ラッシュも過ぎると人はまばらとなり、そして最近は旅行者と思わしき外国人の姿が目立つようになってきた。
むろん、それでも下手な
中央改札口の目の前にある時計台。通称「トライアングルクロック」の前に立っている若者がいる。
「あの人か……」
東大
そして、昨年に彼が立ち上げた会社である嵯峨野ゲーム興業、通称「嵯峨野ゲームス」は
「
インターネット上の動画投稿サイトである「
彼等の中にはTVや雑誌にも
「将来はYoutuberになりたい」
そんな生徒達の人気者である彼は、学校でもしばしば話題となり、そして彼を始めとする人気Youtuberを真似して動画を投稿する生徒の話も耳にするようになった。
「うちの子がYouTubeにハマっちゃって……」
「何とか動画投稿をやめさせたいのですが……」
とにかく再生数、あるいは注目されることが第一として、危険な動画、あるいは個人情報を安易に
長髪に眼鏡、そして半袖のTシャツ。
そしてその色白な肌は、その長髪とも相まって、一見すると女性のようにも見える。
「どうも、お待たせしました。玉野です」
「どうも、和久井です」
玉野は、この礼儀正しい若者の態度に一瞬、
IT業界というのは基本的に服装が自由だ。そのため校則は言うに及ばず、若者の外見を日頃から口うるさく指導する教師達にとって、彼等の服装には
むろん、電話の向こうからは
にもかかわらず、その見た目とは異なる「如何にもビジネスマンらしき」対応に、玉野はちょっとした
「場所は、どうしましょうか?」
和久井が玉野に尋ねる。
玉野にしてみれば先程の喫茶店を再び訪れてもよかった。しかし金子とのやり取りを店員に見られている手前、何となく
「特に決まってはいませんが……」
「それはよかった。おすすめの場所があるんですよ」
「おすすめの場所ですか?」
おすすめの場所、というと何かオシャレなお店か。それとも若者に人気のあるお店か何かだろうか……
よくわからなかったが、とりあえず玉野は和久井に従うことにした。
「そうですか、じゃあ、そこでお願いします」
「ありがとうございます」
和久井は品川駅の
品川インターンシティにあるビルの奥に入り、エレベーターの前で立ち止まる。
「ここって、もしかして?」
「ええ、ホテルですよ」
ホテルが悪い、というわけではない。ただ、おそらくホテルの喫茶店は確かコーヒー代が高いと思ったのだが。
エレベーターが2階でとまり、ドアが開く。そしてそのエレベーターに乗る。そして30階を示すと、そこでとまり、ドアが開く。
フロアの前ではホテルの従業員か、あるいはお店のスタッフらしき人物がいて、彼等を
「いらっしゃいませ。何名様で?」
「2人でお願いします」
「2名様ですね。こちらへどうぞ」
エレベーターの近くにある座席に座る。外の景色が見える奥の窓際の席からは離れていたものの、吹き抜けの天井がもたらす圧倒的な解放感……
ウエイターがやってきて、玉野達にメニューを渡す。
「ご注文はよろしいでしょうか?」
ウエイターから渡されたメニューを見て、玉野は
「マジかよ……」
コーヒー1杯が1000円。しかも、それは最も安いコーヒーで、その他にも
玉野はむろん、ホテルの喫茶店が通常のコーヒーチェーン店よりも高いことぐらい知っている。それに、この場で1000円が払えないほど貧乏というわけではないが……
少なくとも玉野のような庶民にとっては全く「
「あの、私がおごりますので」
「すみません」
「どうぞ、お気遣いなく」
玉野は教員生活20年以上のベテランだ。だとすれば、目の前にいる若者が生まれた時か、あるいはそれ以前から
そんな、下手をしたら自分の息子のような人物にコーヒーをおごってもらっているという違和感……
とはいえ、さすがにコーヒー1杯に1000円以上かかるのは痛い
(ここは彼の好意に甘んじよう)
そう玉野は考えた。
「先生、ご注文は?」
「いや、えっと……とりあえずコーヒーで」
「では私もコーヒーで」
「コーヒー2つですね。かしこまりました」
ウエイターがメニューを
「先生、この間は、どうも」
「いえいえ、こちらこそ」
それにしても突然だった。学習塾の人間が、塾の案内資料を携えて「営業」にやってくるケースは決して珍しくない。むろん、今回もそのような業者だと思っていた。
しかし、相手はゲーム会社である。それも生徒達の間で話題になっているゲームの製作者であり、Youtuberだ。
「アイツら、俺とこの人が会っているのを見たら何て言うだろうな……」
憧れの有名人と会っている自分を見て、
いやいや、中学生という年代を考えると「アイツ、調子に乗ってんじゃねーの?」と、教師に対してあくまでも反抗的な態度をとるのかもしれない。
「先生というのは、大変なお仕事ですよね」
「いや、まあ。確かにそういわれてみれば」
「塾と違って学校の先生は……」
「ええ、ホントに」
この男は分かっているな、と玉野は思った。
多くの人は「学校の教師は勉強を教えるもの」と思っている。とりわけ生徒の保護者の中には、そのような思い込みをしているケースが少なくない。
だが、現実はそうではない。
「まあ、うちは公立ですからね」
ごく一部の名門私立中学校ならばいざ知らず、公立中学校の多くは「塾のように」学習指導に
いや、もっと言ってしまえば、目の前にいる和久井のように東大を目指す子供達は私立の中高一貫校へと進学してしまう……そして「中学受験組よりも格下の」かつ「勉強に不熱心な」生徒を中心に教えているといってもいいくらいなのだ。
中には小学校の段階で勉強について行けず、最初から学習を
「勉強は学生生活の一部に過ぎない」
「たまたま、勉強熱心な生徒が一部存在するだけ」
それが今の公立中学校の現実だ。
加えて中学校にもなると、勉強はもちろん、部活でも
そうなった場合、教師はそこに「親よりも早く」駆けつけなければならない。
こういった状況の中で「もっと勉強に力を入れられないのか?」と保護者から相談を受けたところで、それは
「だったら自主的に塾に通われてください」
これが公立中学校の教師の、一般的な対応である。
しかも最近は部活にしたって、強豪校のスポーツ推薦を狙う生徒は敢えて学校の部活に入らないケースが少なくない。
その代わり、学校外にあるスポーツクラブを選択する。サッカーであれば、プロサッカーチームの下部組織である「ユース」であり、野球であればリトルリーグの上位組織である「シニアリーグ」といった感じだ。
にもかかわらず、校長は教師達に対し、部活動で成果を出して学校をアピールするように迫ってくる。優秀な人材の多くが「外部に
「それとね、Youtuber……ですか?」
「Youtuberが何か?」
「あんなものは所詮、「
「現実逃避、といいますと?」
なるほど、Youtuberとして成功すれば、大金を手にすること自体は決して不可能じゃない。
だが、そんなレベルで稼いでいる人やグループが一体、どれだけ存在するというのだ。現に多くの「無名」Youtuber達は、一生懸命動画を投稿したところで、全く誰にも注目されていない。
いや、それだけならば、まだいい。
「立ち入り禁止
「
そんな問題を起こして、
そして、もし自分の学校の生徒が「再生数を
結局、その「
というより、そもそも動画を投稿する生徒達自身が一番よく分かっているはずだ。本人達は直接、自分達から口に出すことはないものの、
「どうせ、自分は有名大学なんかに合格できない」
「どうせ、自分はプロスポーツ選手になれるわけでもない」
そう、レベルの高い進学校。あるいはスポーツ強豪校の推薦入学を狙っている生徒の多くは最初からYouTubeに動画投稿なんてしない。というより、やっている
つまり、そういった「エリート」の枠に入れなかった子達が、何とか「
「いわばね、公立は塾でいう「
玉野の言っていることは「当たらずとも遠からず」だった。そして何より、彼自身の「
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