LEVEL2 / 読書じゃなくてゲーム?
「では、これから夏休みの課題について説明します」
夏休み前の最後の国語の授業、玉野がそう切り出すと、2年A組の生徒達は一斉に顔をしかめた。そして中にはため息をつく者もいた。
読書感想文……夏休みの国語の課題と言えば、これが定番だ。
▽
「おい、賭けやらねえ?」
夏休みを目前に控えたある日、稔は勇斗の家でゲームをしていた。そして勇斗に対し、こんな話を持ちかけてきた。
「賭けって、何だよ一体」
「明日さ、国語の授業あるじゃん。で、読書感想文の課題が何出るかって」
「ああ、そうだよな。で、何を賭けんの?」
「500円。どうよ?」
勇斗は一瞬考えた。が、すぐに了承した。
「いいよ、じゃあ……」
おそらく走れメロスとか、風の又三郎とか、そういう辺りだろう。
するとそう考える間もなく、
「じゃあ俺、走れメロスな」
稔は「大本命」の作品に賭けると宣言した。
「あ、ずるいじゃんかよ。俺も」
「ダメ!それじゃ賭けにならないじゃん。他の選べよ」
勇斗は「しまった!」と思った。確かに、自分が考える事は向こうだって同じ。というより、最初からこれが狙いだったんじゃないのか。
「オイ、やっぱ無しにしようぜ」
「何で?」
「何でって、いきなりそんな勝手に決めるなんて、誰も聞いてないだろ!」
勇斗が少々、声を荒げて言うと、さすがに稔も調子に乗り過ぎたと思ったのか、
「じゃあいいよ、お前、どうすんだよ?」
「俺も走れメロスに賭ける」
「俺だってそうだよ。でもそれじゃ意味ないじゃん」
お互い、譲り合う気もなく無言の時間がしばし流れた後、その沈黙を断ち切るかのように稔が言った。
「そうだ、じゃんけんで決めようぜ。これで恨みっこなしだ」
「いいぜ、それなら」
「最初はグー、じゃんけんぽん」
稔がパーを出す。そして勇斗はグーを出した。
「やった、俺の勝ち!じゃあ俺、走れメロスな」
両手を挙げてガッツポーズをしながら稔が
「しょうがねえ。じゃあ俺、風の又三郎」
中学生にとって500円は大金だ。いくらその場のノリとはやってしまったとはいえ、これを失うのはさすがに痛い。
▽
「君達の夏休みの課題についてですが……」
玉野が言う。
「いや、ちょっと待てよ」
確かに、走れメロスが読書感想文の課題図書になる可能性は高い。しかし、まだそうと決まったわけじゃない。
勇斗の目線は教師の玉野はなく、二つの机を
そして稔も……やはり視線は玉野ではなく、勇斗である。
お互いに一瞬目が合ってしまい、そして慌ててお互い目を逸らす。傍から見れば怪しいとしか思えないだろう。
「夏休みの課題は……」
まるで受験の合格発表でも待つかのように、固唾を飲んで教師に視線を送る二人。いや、他にも、さっきまで目を逸らしていたクラスの連中が、一斉に教師へと視線を注ぐ。
「ドラクエです」
その瞬間、クラス中がどよめいた。
「先生、今、ドラクエって言いましたよね?」
「俺も」
「私も」
勇斗の後ろにいる男子生徒の誰かが、何か間違いを正すかのように質問をしている。そしてその周囲も彼に従うかの如く「俺も」「私も」と続く。
「そうです。君達の大好きな、あのゲームのドラクエですよ」
「そんな本、ありましたっけ?」
「本じゃありません。ゲームです」
「ゲーム、ですか?」
「そうです。夏休みの課題はドラクエのゲームをプレイした感想文を提出してもらいます」
一瞬、教室が静まり返った。そして次の瞬間、
「お~」
「マジかよ~」
沈黙が一斉に破られ、教室中が大声で溢れかえった。
「コラ、君達!静かにしなさい。授業中だぞ!」
そう玉野が一喝すると。再び教室は静まり返った。
確かに、今は授業中だ。国語の授業をやっていない他のクラスが、隣のクラスで大声で歓声を上げているのを聞いたら一体、何事かと思うだろう。
「今度の夏休み、読書感想文はありません。その代わりと言っては何ですが、ゲーム感想文を書いてきてもらいます」
今まで、しかめっ面をしていた連中の顔色が一変。まるで死人が生き返ったかのごとく活き活きしている。
――夏休みの課題がゲーム。
そう、これは夢じゃない。夢じゃなくて現実なんだ。
ところが、
「先生、質問があります」
そんな夢のような出来事に水を差すかの如く、クラス一の優等生の
「何でしょうか?」
「私の家にはゲームがありません。今からゲームを親に買ってもらえというのでしょうか?」
「オイ、余計なこと言ってんじゃねーよ」
男子生徒が一斉に彼女に対し、批判の言葉を投げかける。まるで犯罪者に対する「吊るし上げ」だ。
「静かに!」
玉野が男子生徒達を制すると、
「確かにそうですね。では、ゲームがない方は別途、代替措置として読書感想文を提出して頂きます」
「ずるい!先生、それって男子の意見で決まったんですか?」
賢木の他にも何人かの女子生徒が、この不公平な課題に対して異議を唱え始めた。
「お前には読書感想文がお似合いだよ」
「勉強大好きだもんな~」
「ホント、マジうぜー」
男子生徒の何人かが賢木を冷やかすと、彼女は半泣き状態で、
「分かりました。この後、校長に抗議してきます」
しかし玉野は顔色を変えるどころか、逆に何故か笑ってる。
「そうですね。では、今からゲーム感想文を希望する方は手を挙げてください」
もちろん、ドラクエをプレイしている生徒は二つ返事だ。ほぼ全員の男子生徒が勢いよく手を挙げる。
一方、女子はゲームを持っていないのか。それとも賢木に同情したのか。あるいは男子全体に対して抗議の意思でも示しているのか、誰も手を挙げなかった。
「それでよろしいですね」
「当たり前じゃん」
「では、今、手を挙げなかった人は……夏休みの課題を免除とします」
――えっ、ちょっと待ってよ。
今までは喜び勇んで夏休みの課題を支持していた男子生徒も、これでは分が悪い。
「ざまあ見ろ!」
「ゲーム大好きだもんね~」
「先生、最高!」
「せいぜい宿題、頑張って」
さっきとは打って変わって、女子生徒達の、男子生徒達に対する勝ち誇ったような笑い声が教室中に響き渡る。
「静かに!」
玉野が一喝すると、教室は再び静けさを取り戻した。
「とにかく、君たち自身で決めた課題です。文句を言わずにやってくること。いいですね?」
「は~い」
男子生徒達の返事は、こころなしか元気がなかった。
▽
ゲームが課題ならラッキーと思った。しかしゲームをやらない、あるいは出来ない生徒が「宿題を免除」となると、やはり自分達が損をしたような気持ちになってしまった。
「何かむかつくな~」
その日の下校時、稔は校庭に落ちていた小石を蹴飛ばしながら、今日起きた出来事に勇斗と語っていた。
「ま、いいんじゃねーの。だってゲームだろ?読書感想文よりずっとマシだって」
「まあ、そうだけどさ」
同じクラスの人間が宿題を免除されているのは、確かに納得がいかない。しかし、
「ゲーム感想文なら楽勝じゃん」
勇斗が稔に対して言うと、「確かにそうだよな」と、お互い納得した表情を示した。
「で、あの賭けだけどさ」
勇斗が先日の賭けの話を切り出すと、
「ああ、結局、不成立だな」
こうなってしまっては仕方がない。稔も渋々、賭けが不成立であったことを認め、
「もう、こういうのやめような」
「そうだよ、あれは良くないって」
結局、これでお互い揉める事もない。そして今年の夏休みは楽しいものになるはず……
今、この場にいる二人だけではない。宿題を免除された生徒達はもちろんのこと、ゲーム感想文という前代未聞の課題を命じられた生徒達も皆、そう思っていた。
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