LEVEL3 / うちの子に限って
勇斗は夏休みに入って以降。いや、実際には夏休みに入るよりもずっと前からドラクエは夢中でプレイしていた。
そして夏休みに入ると、これまで以上にドラクエに費やす時間は長くなっていった。
「いい加減、ゲームはやめなさい!」
母親の
「だって、夏休みの課題をやってんだし~」
そう、勇斗がやっているのは単なるゲームではない。れっきとした学校の「宿題」なのだ。
「一生懸命宿題やってんじゃん。だから褒めてよ」
「何言ってんの、たまたま変な宿題を出されたからって」
「じゃあ、俺じゃなくて先生に文句言えば?」
こう言われてしまっては、親としても言い返すのは難しい。
「とにかく、宿題は国語だけじゃないでしょ?」
「でも、国語をやらなくていいってわけじゃないし」
「英語も、数学も、ちゃんとやりなさい!」
「はい、はい」
今の美香に出来る、精一杯の「お説教」だ。
「それにしても玉野先生、一体何考えているんだか……」
宿題であることを「免罪符」にし、朝から晩までゲームを続ける息子。そして、それを注意するどころか奨励するかのような今回の課題……
確かに、こればっかりは抗議した方がよいのかもしれない。
「でも、その前に」
もしかしたら、既に学校に大量の抗議が来ているのかもしれない。そう思うと、何も自分が先頭に立って抗議をする必要なんかないんじゃないか。少なくとも美香はそう思った。
ところが、そんな考えはあまりにも楽観的だった。そう気付くのに時間はあまりかからなかった。
▽
「えっ、やっぱりお宅もそうなんですか?」
「そうですよ。全く玉野先生、一体何考えているんだか……」
7月も終わりに近づいた頃の夜8時。美香はクラスの連絡網で、同じクラスの
本来、連絡網はLINEで済ますはずだった。しかしどういうわけか彼女は直接電話をかけてきた。
そして真奈が息子から聞いた話によると、彼女の息子も一日中、ドラクエをプレイしているらしい。そしてゲームをやめるよう注意すると、夏休みの課題なのだから仕方ないという。
加えてゲーム感想文はドラクエを持っている子だけに課された宿題であり、そしてドラクエを持っていない子には夏休みの課題が免除となっているということらしい。
「だったら、ドラクエ。というより、ゲーム機自体持っていないと言えばよかったのに……」
「でも、うちの子は学校で友達とゲームの話をしていたみたいで、嘘はつけなかったみたい」
「そう……確かにそうかもしれませんね」
ちなみに、ドラクエのゲーム感想文は最新作でなくてもよいらしい。だがそうなると、おそらくほどんとの男の子はドラクエをプレイした経験があるだろう。
そんな状況で、単に夏休みの宿題をやりたくないという理由で「(ドラクエを)持っていない」と嘘をついたらどうなるか?
おそらくクラスでいじめに遭うかもしれない。そう考えると
「それにしても不思議ですよね。うちの弘が言うには、玉野先生は大のゲーム嫌いで、生徒からゲーム機を取り上げたら卒業するまで返してくれないそうじゃないですか」
「そうなんですか……何か変ですよね」
確かに、今年教師になったばかりの若い先生ならばこんな奇抜な課題を考えても不思議ではない。しかし、玉野先生は教員生活20年以上のベテランだ。
もし仮に若い先生が今回の課題のようなものを提案しても、最初に「待った」をかけるような人ではないか、少なくとも美香はそう思っていた。
「やっぱり抗議した方がいいんでしょうか?」
真奈の声からは、やはり腹ただしさが隠せないらしい。そして、その声はワナワナと震えている。
「もう少し様子を見た方がよいのではないでしょうか?」
「でも、すぐに8月ですよ?」
「宿題なんて、そんな早く終わるものでもないでしょう」
その一言で、少々冷静さを取り戻したのか、
「確かに、そうですよね」
ゲームばかりやっているのは確かに感心できることではない。しかし、考えても見れば夏休みの子供なんて「ゲーム漬け」の毎日であることが珍しくないのだ。
そう思えば、結局のところ「いつもと同じ」でしかない。
「夏休み、暇だからと言って繁華街をほっつき歩く。それも夜中に。それに比べればゲームに熱中してくれた方がまだマシなのでは?」
中学生ともなると、悪い話にも興味を持ち始める。そして夏休みともなれば、そういった話への興味をきっかけに非行に走る生徒も存在するという。
いや、もしかしたら玉野先生が言いたかったのはこれなのかもしれない。そう考えるとゲーム感想文というのは、一種の「非行防止策」と考えられなくもない。
「もう少し、考えてみた方が……」
少なくとも美香の言葉に
「そうですね、もうちょっと……もうちょっとですよ」
相変わらず怒りが収まらない感じであるものの、真奈も少し我慢して様子を見ようという気になったようだ。
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