落語で語る昔の話 一 敵討(あだうち)鍵屋の辻
泊瀬光延(はつせ こうえん)
落語で語る昔の話 一 敵討ち鍵屋の辻
*ご隠居と熊の会話が段落ごとに交代して記されてます。
ご隠居~!ご・い・ん・きょ・さん!
熊、気持ちの悪い声で呼ぶんじゃねえ!
へへ・・・ちょっと聞きたいことがあるんで!
そうかい、熊さんや、なんだい、聞きてえことってえのは?
ご隠居、実はあの斬り合いのことよ。
ええ?斬り合いかい?さむれえの話を聞きたいってえのかい?どの斬り合いのことさ。
あの荒木又右衛門の三十六人斬りよ。鍵屋の辻でのさ。
ほう、それで何を知りてえんでえ?
そのきっかけよ。仇討ちと聞いてるが、誰の仇討ちなんだい?
鍵屋の辻ってえのは、備前、岡山藩士の渡辺数馬が姉婿の荒木又右衛門らの助太刀を得て、出奔した河合又五郎等を寛永十一年(1634)に斬った、っていうのがその場所じゃ。
河合は数馬の弟源太夫を私情で殺したっていうのがその発端じゃ。
ご隠居、そこさ。
なに?
その私情ってのはなんだい?
ありゃ、お前知らんのか?
その源太夫ってのはけんかっ早かったのかい?
その反対だい。
えっ?じゃ何で殺されたんだい?
お前も常識を知らねえな。それでも江戸っ子かい。遊べよ、もっと。
えー?
源太夫はその時の岡山藩主、池田忠雄(ただかつ)の寵童だったのさ。河合はそれに横恋慕さ。
す、すると、あの武家の華っちゅう・・・?
そうよ、衆道(しゅどう)よ。
でもねえ、ご隠居。いくら美童でもそんな女みたいにかわいがりたがるかね?陰間茶屋に俺様だって行ったことはあるが、いざその段になると、とってもその気にゃなれなかったね。そりゃ、ホントの好きもんだぜ。
武家の衆道はそれだけじゃないんだよ。
な、なにが違うんでい?
小姓になる男(を)のこはそりゃ、頭脳明晰、見苦しいところはないよう常に気を使ってるんだ。見られてうつくしゅう、そして主(あるじ)や兄には命を捨てて尽くす。契りをかわすときは「兄弟(きょうでえ)」になるっていうのさ。やくざと同じ言葉よ。どちらも命を掛けた契りよ。
へー、そんな弟(をとうと)が欲しいや。俺も。
河合は源太夫に冷たくあしらわれたのだろうな。それで河合は逆上したか、己のものにするために斬った。
ふーん、なにやらわけありだな。
仇討ちになるぐらいだから、尋常な勝負じゃねえな。それに殿様の威光も掛かってるが、河合を匿った旗本の意地ってのもあったんだ。
ここらへんは今西鶴と豪語している斗升屋の泊瀬とかいう物書きに書かせると面白いんじゃねえの?
俺ゃ、けっこう好きだね。そういうの。
日本人はこの手の話には寛大だって言われてるんじゃ。かぶきもんにもけっこういるだろ?
よし、これからその泊瀬っていう三文文士をとっちめて早く書かしてやるぜえ!
お、おう、待ちな!熊!・・・しょうがねえ奴だな、いっちまいやがった。まあ、潮五郎の「戦国風流武士」も司馬遼の「前髪の惣三郎」(「新撰組血風禄」に集録。映画「御法度」の原作の一編)もここらへんの描き方はいまいちだったからなあ。(作者注:時代無視)
西鶴はそこらへんはよく心得て、今ではもうわからねえ話を「武道伝来記」や「男色大鑑」に仕組んだんだが・・その泊瀬っていう物書きはどうかねえ・・・
了
落語で語る昔の話 一 敵討(あだうち)鍵屋の辻 泊瀬光延(はつせ こうえん) @hatsusekouen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます