第5話   お隣さんが魔物化③

「ロゼッタ! どこ行ってたの?」

「ほぞんしょくの、材料あつめ! でもやめにした!」


 興奮冷めやらぬロゼッタは、自分が何を言われたのかをぜんぶ伝えたいのに、口が震えて、言葉も出ないし、ショックで頭もまわらなかった。


 そんな妹の顔をのぞきこむローズの顔が、ほんの少し、険しくなった。


「だれかに何か言われたのね」

「どうしてわかるの?」

「すごく悔しそうで、目が真っ赤だもの」


 ロゼッタは両目をこすった後、話すべきかと、しばし悩んだ。


「ローズ、ベルベナがたいへんなの。でっかいツノが生えてて、おかしなことばっかり言ってた」


 真っ赤になっている妹のほっぺを、ローズは手を添えて包んだ。


「そう……きっと魔物化が進んだのね。性格や行動が今とぜんぜん違ってしまうから、あまり相手にしないほうがいいわ」


「でも、おとなりさんだよ? 毎日、顔を合わせることになるもん……わたしベルベナと、きっと毎日ケンカしちゃう」


「ロゼッタ……」


 仲良しのベルベナの異変は、ローズも以前から気づいていた。

 ベルベナは家にこもりがちになり、すすり泣く声が、家から小さく響いていた。


 数年先か、数ヵ月先か、それともたったの、数日か。

 魔物化の進行速度には個人差があり、はっきりと決まっていない。


 誰にも会いたくないというベルベナに、ローズはどうしてあげることもできなかった。仕事の時間に、追われていたから。

 ローズはロゼッタの分まで働かねばならなかった。


「ベルベナに何を言われたの?」


「わたしが生きていられるのは、村長さまがここにいる間だけだって言われた」


「え?」


「ねえ、うそだよね……? わたしが、あと三日で殺されちゃうなんて、そんなわけないよね?」


 ロゼッタは姉が否定してくれることを、すごく期待した。


 ローズは妹に隠しておける限界が来たのだと覚悟した。

 一階へ下りたとき、妹の姿がなくて、脳裏をよぎったのは、村長に殺される妹の姿だった。


「いいえ、ロゼッタ……ベルベナの言っていたことは、本当よ」


「そんな、ローズどうして!!」


「でも私は恋人の家に避難して、あなたを生かそうと、ずっと考えてきたの。もう恋人の家じゃなくて、男爵様の屋敷になっちゃったけど、その件はもういいの。ともかく、三人で別の土地に暮らせば、村長の約束は通用しなくなるわ」


「……きゅうにお引っこしの話が出たのは、そのためだったの?」


「あの手紙が来たのは幸運だったわね」


 ローズの苦笑を、ロゼッタは呆然と見上げた。涙がじんわりあふれ出る。


「ごめんなさい、わたし……」


「謝ることないわ。私はどんなことがあっても、ロゼッタとの生活を選びたいの。それだけよ」


「でもわたしがいるせいで、ローズにつらい思いさせてる」


「そんなことないわ。私はロゼッタがいないほうが、すっごくつらい」


 ロゼッタは鼻の奥がつーんとなり、にじんだ涙を手の甲でふいた。


「ほんとぉ?」


「ほんと! 私もね、以前からこんな村に、うんざりしていたの。仕事が終われば帰るだけの場所だし、住んでるお家はいろんな魔女が代々使ってきたから古いし、微妙に魔女同士の仲が悪いし、お隣さんは魔物化しちゃうし。さんざんよね。もう私たちだけで、すてきな世界に引っ越しちゃいましょ!」


 ローズがうんと楽しげに言ってみせた。


「さあ、もうすっかり日が高いわ。魔女は寝る時間よ。あ、そうだ、今度いっしょにご飯作りましょうか」


 ロゼッタが涙目のまま吹き出した。


「やだよ、ローズへただもん」

「あ~ひどい、私だって野菜の皮くらい剥けるでしょ?」


 二人、手をつないで、からっぽの籠を揺らしながら帰った。


(でも、ローズは……コイビトさんと、すみたいんだよね)


 このままで良いのだろうか。

 ロゼッタは悩み始めていた。


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