第6話   ロゼッタが決めたこと

 姉はいつも、ロゼッタから不安の種を取り除いてくれた。

 だけど今日からは姉に頼りきりにならず、二人で協力して挑んでゆく。


 誰にも気づかれずに引っ越すという、賭け事めいた一大事に。


 ロゼッタは精一杯がんばろうと張りきった。


「村長さまがいつマモノになっちゃってもいいように、にもつをまとめておかなきゃ!」


 板壁に貼った赤い壁紙は、ちょっとずれていて。

 大人用のベッドは広すぎて寂しいから、ぬいぐるみがぎっしり詰まっていて。


 ロゼッタの部屋は、手作り感と女の子らしさいっぱいの、もと物置だった。


 大好きな部屋だった。

 ずっとここで、なんの問題もなく暮らしてゆけると信じていた。


 小動物の彫られた小さな箪笥たんすの引出しから、宝物を取り出して、革製の大きなかばんに少しずつ詰めてゆく。


 着替え、絵本、お気に入りの調理器具、小さな人形、そしてロゼッタオリジナルの、いろんな香草をブレンドした特製スパイスが入った瓶。

 絶品すぎてローズがたくさん使いたがるから、ロゼッタは箪笥の中に隠していた。


 まだスパイスはたっぷり残っている。


「これはダンシャクさまにプレゼントしよっと」


 ローズの分は、また時間があるときに作ろうと思った。


 夕方の仕事に備えて泥のように眠っている姉を起こさないよう、細心の注意を払って荷造りしていたが、荷物を入れる順番が心に引っかかって、何度もガサゴソと入れ直しているうちに、大きな物音を立ててしまっていたことに、荷造りが終わってから気がついた。


 ロゼッタは部屋の扉から顔を出し、廊下を挟んで向かい合う、ローズの部屋の扉を見つめた。


 開く気配はない。

 それはそれで気になったロゼッタは、姉の部屋の扉に近づいて、そっと取っ手を回した。


 キィ、と小さく音を立てて、扉が作った隙間すきまをのぞいた。


 昼間の明るさを覆うカーテン越しの陽ざしを受けて、ローズがベッドで寝息を立てていた。


 ときどきロゼッタは、姉がどのような魔物になってしまうのか、考えることがある。

 どんな魔物になっても、魔女だった頃の記憶は薄らいでしまうとも聞いたことがあった。


 いつかは、独りで生きてゆく定め。

 でもまだ、それはずっと先のはず。


 ロゼッタは姉の箪笥の上に、分厚く積み重ねられた手紙の束を見つけた。


「コイビトさんからもらった物を、かざってるんだね……」


 ロゼッタはそっと扉を閉めた。


「ほんとうはダンシャクさまじゃなくて、コイビトさんのもとへ行きたいはず……そうだよね、ローズ」


 扉にひたいをくっつけると、白い前髪がふわりと内巻きになった。


 白薔薇のロゼッタ。深紅の薔薇ローズが名付けてくれた名前。

 よく似た髪の毛。だからローズは自分を妹に選んだのだと思う。


「あー! そうだ! いいこと思いついた!」


 ロゼッタは顔を上げて叫んだ。


「わたしがダンシャクさまのオヨメさんになればいいんだ! で、ローズはコイビトさんのオヨメさんに。これならだれも悲しくない!」


「もー、どうしたの、ロゼッター」


 姉の気怠けだるい声に尋ねられ、ロゼッタはぴょんぴょん飛び跳ねた。


「あのねローズ! ダンシャクさまってどこにいるのかな」


「ええ? 噂だけど、今は魔王のお城の地下牢に閉じこめられているそうよ。勝手なことばかりするって理由で、反省させられてるって聞いたわ」


「あらら……なんだかおもしろい!」


 ロゼッタは初めて聞く地下牢という単語にはしゃぎ、いろんな事をしでかす男爵の、退屈しなさそうな人柄にも興味を持った。


 姉の大あくびが聞こえた。


「私もう寝るわ。おやすみー」


「おやすみなさーい」


 ロゼッタも自室に戻ってきた。


「魔王さまのおしろかぁ。わたしは箒にのれないから、歩いていかなきゃね。早くねようっと!」


 ロゼッタは勢いよくベッドに飛びこんだ。

 そして小さな部屋に、ぐぅぐぅと寝息が響いたのだった。


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