第7話   魔の森の切り株

「行ってきます! ロゼッタ」

「行ってらっしゃーい! 気をつけてねー」


 箒にまたがり、赤いスカートを揺らして夜空を飛んでゆく姉に、玄関の前でロゼッタは両手いっぱいに手を振った。


 そして姉の姿が完全に見えなくなってから、そっと手を下ろし、家の中へ戻っていった。


「さてと、わたしも魔王さまのおしろへ行かなくちゃ」


 二階に駆け上がって、自室の扉を音高く押し開けた。

 ひび割れてるけど充分じゅうぶんに使える姿見すがたみの下には、こっそり準備しておいたサンドイッチ入りのかごが。


 姿見の前に立ち、ロゼッタは自分が着ているワンピースを見た。


 茶色と白のチェック柄。


 生地が毛羽立けばだって、古いのがばればれだ。

 鏡の前でくるりと一回転、スカートに新しいシミを発見してしまった……。


「うわ、これじゃダメかも」


 ロゼッタは部屋のすみにひっそりとある、衣装箪笥だんすを開けた。


 ハンガーにかかっているのは、ほんの数着。

 残りは白い袋に入れられ、衣装箪笥のすみっこに押しやられている。


 ロゼッタは袋の紐をほどいて、袋の口を広げた。

 姉が仕事で手に入れてきた、いろんな子供服が入っている。


 どれも可愛くて、ロゼッタは汚してしまうのがもったいなくて、数回しかそでを通していない。


 以前、姉がとってもよく似合っていると言ってくれたのは、どれだったか。


(たしか血がついている服じゃなかったな)


 ロゼッタは少しでも人間の血が付着している服は足元に置いてゆき、目当ての服を袋の底のほうで発見して、引っ張り出した。


「コレだ! 黒のワンピース!」


 急いで今のワンピースをすぽっと脱いで、白いリボンが胸元を飾る黒のワンピースを着てみた。


 スカートとそでの下から、白いフリルがひらひらと揺れる。


 姿見の前に立ってみた。特に気取ったポーズをしなくても、とっても可愛く見える。


 ロゼッタはくるっと一回転。すそを広げるスカートに胸が華やいだ。


「うん、なんかイケてる気がする。えへへ」


 床に置きっぱなしの血の付いた衣類たちから、他に何か使える物はないかと探し始めた。


 腰に黒いリボンを巻いたスカートがあったので、リボンだけ抜き取った。


「かみの毛に、リボンもしよっと」


 長い白銀色の髪の毛を、一つにまとめて結んだ。

 ボリュームのあるくせっ毛だから、なんだか頭の後ろに、もう一つ頭があるみたいになった。


 それはそれで、面白い。


 鏡に映った自分をこんなに大好きになったのは、初めてだった。


「ダンシャクさま、かわいいって言ってくれるかな」


 鏡の中のロゼッタが、白い頬を染めて嬉しそうに笑った。




 これで支度したくは整った。

 サンドイッチ入りの籠を片手に、最後ちょっと鏡を見て、いってきます、と小声で手を振った。


 部屋を出発し、階段を下りると、玄関横のお風呂場から花の匂いが漂ってきて、ロゼッタは胸いっぱいに吸いこんで深呼吸した。


 姉が魔法で小川の水を雲に変えて、湯船に引きこみ、温めて作る二人分のお風呂。


 しかし使う水は、魔の森から流れてくるあの小川のだった。


 ロゼッタは水の臭いが気になるので、香りの強い花を乾燥させて粉末にした物で、香り付けしている。


「ダンシャクさまのお家のお風呂は、きっと小川の水じゃないよね」


 ロゼッタは気を取り直して、玄関から夜空の下へと出かけた。

 遠く、深緑色の魔の森を突き破るようにして、城の黒い三角屋根の先端だけが見える。


「あそこを目指して歩くだけだから、かんたん!」


 いつか行ってみたいと思っていた。


 魔王は楽しい知識に富み、珍しい物もいっぱい持っていて、それ目当てにお城で働きたがる魔女や魔法使いが多いという。


 きっとステキな所なのだと、ロゼッタは勝手に期待した。


 魔の森から流れる小川をたどって行けば、森で迷うこともない。


 ロゼッタはお隣のベルべナと鉢合わせしないために、彼女が仕事で留守なのを、壁に開いた大穴で確認してから、ササッと小川を目指した。


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