第4話   お隣さんが魔物化②

 ローズのためのおやつに使う木の実は、特別な小川の付近に生える低木に実っている。


 小川は魔の森の奥から、ひっくりかえった魚の銀の腹のような色で流れてくる。


 この世で一番美しくて、美味な水だとうたわれていた。


 ローズたち魔女の生活に欠かせない水だが、なぜかロゼッタの口には合わない。苦くて舌がえぐれるようだし、腐肉のように臭い。


 虫がたからないのが不思議なくらいだが、ローズたちは美味しい、美しい水だとたたえるから、さらに不思議だった。


 ベルベナが小川のふちいつくばって、水をガブガブ飲んでいた。

 ロゼッタに気がつくと、ずぶ濡れの顔を洋服のそでで豪快にぬぐって、にやりと笑った。


「もうすぐ村長がこの村を出るそうだよ。あんなみっともない姿になっちまって、ざまぁないね」


「村長さまが? 村長さま、どうしちゃったの?」


「もう話す言葉もピーピー言っちゃって、物事も三歩歩けば忘れる。アッハッハ、もうこの村で生きてゆくことはできないね……」


 ベルベナがヤケを起こしたような引きつり笑いを浮かべて、うなだれたまま立ちあがった。


「あんたさぁ、ローズと村長がどんな約束してあんたを預かってるか、知ってるかい?」


「やくそく?」


「へえ、あいつ話してないんだぁ。だったら教えてやるよ。村長が村を出るまでに、あんたが魔法を使えるようになってたら、あんたを殺さないでおいてやるって約束さ。つまりあんたの命は、もう三日もないんだね」


 何を言われているのか、ロゼッタは理解したくなかった。


(あと三日で、わたしが!?)


 唐突すぎて、腹が立った。


「うそよ! そんなやくそく! わたしはローズとずっといっしょにいるの!」


「あーあ、最後まで魔女にはなれなかったねー、かわいそうなロゼッタ。アハハハハ!」


 ロゼッタはきびすを返して、走りだした。

 ベルベナの笑い声がどこまでもついてくるようだった。


(わたしだって魔法が使えるようになりたいもん! 魔法が使えたら、ローズといっしょにお仕事できるのに! たいへんな思いさせずにすむのに!)


 耳をふさいで、からっぽの籠だけ腕に引っかけて、走り続けた。

 ほとんど前も見ていなかった。


 赤いパジャマの足にぼすんとぶつかり、細い腕につつまれて、ロゼッタはようやく我に返った。


 抱き止めてくれたのは、びっくり顔のローズだった。


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