第2話   白薔薇の魔女ロゼッタ②

 カーテンの隙間すきまからのぞく、霧がかった早朝の白い空の下で、遠くだいだい色の灯りが、ぽつぽつと揺れている。


 他の魔女も帰宅して、それぞれに過ごしている灯りだった。


 ローズの帰宅はいつも遅い。

 魔法が使えないロゼッタの分まで働いて、その報酬に動物の肉や、人間の里で略奪した物資を受け取っているから。


 魔女と、それから、別の村に住む魔法使いは、完全に魔物になるまでの間、いろんな魔物の群れに使用人として入る。


 そして魔物の力を借りて、一緒に狩りをする。


 魔女の村長は、体中が細かな羽毛に覆われて、両手は巨大な鳥の翼となり、そして下半身は、もはやスカートも履けぬほど太った鳥の胴体と化していた。


 もうすぐハーピーという魔物になり、ハーピーの群れに入って、二度と魔女の村には戻らなくなる。


 その日が訪れてしまうことを、ローズはとても心配していた。


 村長との約束。

 村長が完全に魔物になるまでに、ロゼッタが魔力を宿さなかったら――


「ねえ、ロゼッタ」


 姉のローズに呼ばれて、ロゼッタがスープ皿から小さな顔を上げた。


「なぁに?」


「あのね……私に恋人がいる話は、以前したわよね」


「うん、会ったことないけど。すっごくすてきなんだよね」


「ええ。そしてすっごく、遠い世界に住んでるの。ねえロゼッタ、そこで三人で一緒に暮らしましょ」


 ロゼッタは真っ青な瞳で、きょとんとローズを見上げていた。


「きゅうな話だね。わたしは、ローズの行くとこだったら、どこへだってついてくよ!」


「そう! よかった……ロゼッタがいやがったら、どうしようかと思ってたから」


 ほっとして微笑ほほえむ姉に、ロゼッタがえへへ~とにやけた。


「とおい世界かぁ……どんなとこなんだろ。おいしいものあるといいなぁ」


「きっとあるわよ。ここよりもたくさんの物にあふれてるから。魔女の口に合う食べ物も、きっとあるわ」


「そうだローズ、今日ね、お手紙がドアの下から入ってきたよ」


「え? 手紙?」


 言われてローズは机の端にある黒い封筒に気がついた。

 悩みで頭がいっぱいで、いつもと違う物に注意が向かなかった。


 手紙なんて、恋人からしかもらったことがない。

 それも、いつも白い封筒で。


 机の上の黒い封筒に、ローズは手を伸ばした。


「なんて書いてあったの?」


 黒い紙面をうねる金色のインクを、険しい顔で追ってゆく姉。


 ロゼッタは、きっとコイビトからの手紙だと思ってにやにやしていた。だって姉に手紙をくれるのは、コイビトさんしかいないから。


「ねえローズ」


「……」


「ねねローズ」


「……困ったわね、いろいろと」


 姉が手紙をたたんで、黒い封筒に戻してしまった。


 コイビトからの手紙ならば、姉はこんなに暗い顔はしないはず。


 いつもは姉が夏の花のようにご機嫌になっては、盛り上がる一文を妹のロゼッタにも読んで聞かせて、二人してキャー! って盛り上がるのに。


「ねえローズ、わたしたち二年もいっしょに住んでるんだよ? なやんでること、わたしにも教えてほしいな」


「う~ん……」


「わたしにもわかるように、やさしく教えてね」


「その、男爵様のお嫁さんが、私に決定したって知らせだったの」


 オヨメさんってなんだろう、と思ったロゼッタは、空気を読んでびっくり顔になっておいた。


「ええ!? ほんと!? それってすごいことなの?」

「たぶんね……」

「ダンシャクさまって、だぁれ?」


「魔王から与えられた地位に就いている魔法使いよ。魔物化の止まる薬を飲んでて、人間に近い姿を保っているの。……男爵の地位に就いているのは、変なモノを集めるのが趣味の、変わり者だと評判の魔法使いだそうだけど、なんで私を選んだんだろ。平凡な魔女なのに」


「二人ぐらしだからじゃない? まわりはみんな一人ぐらしだよ」


「ああ、そうかも。こんな生き方しているのは、私とロゼッタしかいないものね」


 だからかぁ、と姉が赤色の長い髪をわしゃわしゃ掻き上げた。

 ロゼッタも白くてふわふわした髪の毛を、マネしてわしゃわしゃもんだ。


「ローズの言ってたコイビトさんって、ダンシャクさまのことじゃないよね」


「ええ……でも決まったのなら、仕方ないわ。男爵様のお屋敷に、ロゼッタも一緒に住みましょ。そうすれば、離れないですむわ」


「うん! あ、コイビトさんはどうするの?」


 はずみでいてしまい、ロゼッタはしまったと後悔して、頭をもむ手が止まった。


 姉から表情が消えてしまった。

 いつもみたいに、辛いことを全部がまんしてしまう顔になっている。


「そういえば私、最近、恋人とうまくいってなかったわ。あんな最低なやつと暮らすなんて、ごめんよ」


「ええ? さっき三人でいっしょにくらしましょって、ローズ言ってたよ?」


「……今思い出したの。あんなやつ女の敵よ」


 ローズはほとんど食べ終わった夕食の席を立ち、椅子も倒れる勢いで、玄関横にある階段を駆け上がっていった。


 ロゼッタは倒れた椅子につまずきながら、階段の下までやってきた。すでにローズの姿は二階に消えている。


「ローズ!」

「もうこの話はおしまい! 晩ご飯、楽しみにしてるわ」


 夜行性の魔女たちは、早朝まで仕事して、昼間に眠る。

 そして夜になると起きるのだ。


「少し休むわ。お風呂はあとで沸かしておくから」

「……わかった」


 ロゼッタはしょんぼりと、引き下がった。

 一人、食器の後片付けに戻ると、あの手紙が、窓から吹く隙間風すきまかぜに押されて床に落ちていた。


 拾って、テーブルの上に戻しておく。


「ローズ……」


 自分を大事にしてくれるローズを、自分も大事にしたいのに、ローズはたびたび、自分が原因で大きく傷つく。


 そんなとき、ロゼッタはいつも悔しくて、何もできないのがとても辛かった。


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