第3話   お隣さんが魔物化

 せめておやつは、ローズの好物のホットケーキにしようと思った。


 家の事が一通りこなせるロゼッタと違って、姉ローズは家事全般がすこぶる下手で、ロゼッタと暮らす前は、火も通さずに食べていたという。


 ロゼッタは木の実の蜜漬けのびんを取ろうと、棚に手を伸ばしかけ、ふと、中身が三分の一もないことに気がついた。


「材料あつめないと」


 今回はこの分で足りるが、次に作るときに木の実が蜜でたっぷり漬かっていないと困る。


 ロゼッタは天井を見上げた。

 姉は風呂から上がって、またすぐ二階の部屋にこもってしまった。たぶん、まだ寝ていない。


 ロゼッタは木のツルで編んだかごを片手に、足音を忍ばせて、そっと玄関から外へと抜けだした。


 二階のローズの様子が、窓から見えるかもと考えて、外から見上げてみた。

 ……ぴっちりと、カーテンが閉まっていた。


「ローズ……」


 なんとなく、まだ足音を控えていようと思ったロゼッタは、お隣の家の優しくておっとりしたベルベナが、ご自分の家の壁を頭突きでぶち破って畑に飛び出してきたから、絶叫を上げた。


 ベルベナのもじゃもじゃの髪の間から、夜空の三日月のような巨大な牛の角が生えている。


「ベルベナ!? どうしたの、そのツノ!」

「うっさいねこのチビ! 大きな声出すんじゃないよ!」

「どうしちゃったの、そのしゃべりかた!」


「はあ!? あたいはもとからこうだよ! あんたこそ他人にとやかく言えた立場かい!? いつになったら魔法が使えるようになるんだい! ここは魔女だけの土地なんだ! 魔女以外は歩いてるだけで目障りなんだよ!」


 早口でまくしたてるその姿に、物静かだった彼女の面影はなかった。

 ベルベナは畑で大事に育てていたはずの根野菜を乱暴に引き抜くと、ロゼッタに向かって石みたいに投げてきた。


 思わず受け取ったロゼッタは、ベルベナが畑の柵をメリメリと倒してどこかへと去ってゆく後ろ姿に、目をぱちくりさせていた。


「ベルベナ、いつも髪の毛のお手入れをきちっとやるのに、ボサボサだった……」


 家の壁に空いた大穴からのぞくのは、めちゃくちゃに荒れた寝室。

 数ヶ月前、姉といっしょにお泊まり会をしたときは、とても可愛い部屋だった。


 今は、ピンクの小物が床で粉々になっている。


(帰ったらローズにつたえなきゃ。おとなりさんがヘンだ、って)


 ロゼッタはベルベナが心配だったが、大事な物を粉々にする今の彼女と話す気にはなれなかった。


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