第2話 欠落/1

 持ち出したライフルを解体し、手入れをしてまた組み立てる。北方戦争からこのかた埃をかぶったまま放置されていた愛銃は、小一時間ほどで綺麗になった。軍刀も同じように状態を整えて、ベッド脇の机の上に置く。

 新しい衛士服に袖を通すと、背筋が伸びる思いがした。襟を正し、ベルトを締め、軍靴の紐を慣れた手つきで結っていく。剣帯に軍刀を挿せば立派な衛士の出来上がりだ。

 怪我も治り五体満足となったフレイセルを待っていた異動命令は、幸運にも首都勤務だった。てっきり国境警備に回されると思っていたのだが、例の禁書窃盗事件から魔術学校の警備にも人が割かれるようになったのだ。

 一介の兵士であるフレイセルに誰かが気を利かせてくれたわけでも、口利きしてくれたわけでもないだろうから、これは本当に嬉しい偶然だった。療養中メイエル中佐が心配していたようなことも起こらず、あの魔術師への恐怖も忘れ得るほど、フレイセルの日々は順調だった。

 フレイセルは壁の時計を確認した。そろそろヴェイルがやって来る頃だ。

 フレイセルが療病棟に留め置かれていた間に、ヴェイルは新しい義肢を完成させた。今日はそれをここに持って来るのだという。北方戦争で手足を失った衛士たちにとって、それは実に良い知らせだった。

「義肢って、どんな感じなんでしょう」

 隣のベッドに横たわるアレムがひとりごちる。彼は戦闘中に地雷を踏み、右足の膝から下を失っていた。あったはずのものが急に失われ戸惑う彼を、さらに『そこにない痛み』が襲う。すっかり気勢が削がれてしまった彼は、実家に戻り家業を継ぐ予定だという。

「先生なら良いものを用意してくれるはずだ、軍曹」

 今回の話は、落ち込むアレムを少なからず前向きにさせていた。不安を取り払うようにフレイセルが肩を叩くと、アレムはふっとはにかんだ。

 と、その時、病室の扉が開かれた。時間通りだ。

「失礼します」

 メイエル中佐の後に続いて、大きな鞄を提げたヴェイルが入ってくる。敬礼するフレイセルより少し遅れて、アレムもまた礼を返す。

「横になったままですみません、ええと……」

「アールダインです。どうぞお構いなく、アレムさん」

 いつもの優しげな微笑みを浮かべて、ヴェイルはベッド脇に荷物を下ろす。久しぶりに見た横顔はどこか嬉しそうで、彼も今日を楽しみにしていたことが窺えた。ヴェイルはそのまま、そばにいる少女にも挨拶を促す。

「彼女は私の弟子で、助手の、」

「ノフィエリカです」

 フレイセルには目もくれず、ノフィはスカートの裾をつまんで優雅に礼をする。

「魔術学校の学生さんですか。その年で助手なんてすごいなあ」

 頬を緩めてノフィに見惚れるアレムを横目に、フレイセルは冷めた視線を送った。——騙されるな軍曹、一見して深窓の令嬢でも、本当は先生のこと以外はどうでもいい娘なんだ。ちょっと可愛いなんて思ってもすぐ幻滅することになるぞ。

 フレイセルの視線に気づいてか、ノフィは顔を上げた。感情の薄い瞳が何を考えているかは分からないが、少なくとも『会えて嬉しい』ではないだろうことは容易に想像がつく。

「古い義肢とは何が違うのです?」

 アレムの足の状態を確認し、鞄の中から布に包まれた義肢を取り出したヴェイルに、メイエル中佐は尋ねた。布が解かれ現れたそれはやや無骨な形をしており、従来の義肢に比べてかなり部品が多いように見える。

「大きな特徴の一つとして、霊素を扱えない人でもある程度自由に動かせるようになっています。人体の霊脈の拍動を検知して連動するように、霊素回路を一から作り直しました。……設計図がだいぶ複雑になったので調整には時間がかかりますが、それは今後改良されていくと思います」

「確かに見たところ、だいぶ繊細というか、緻密というか……」

 義肢の中身を覗き込んで、メイエル中佐は唸った。駆動部は当然として、ヴェイルが指差す霊素回路の基盤は層になっていて、本当に小さな字で構築式がびっしりと書き込まれていた。衝撃を加えたら簡単に折れてしまいそうだ。

「耐久性の面でも課題が残っています。日常生活を送る上では二週間に一度の点検ですみますが、これを身につけて訓練を行うことは難しいでしょう」

 ノフィの補足に、メイエル中佐はそうですかと深く頷いた。やはり兵を束ねる身としては、そこが気になっていたのだろう。この義肢は退役が決まった兵士たちに贈られることになりそうだ。

「動力は霊晶石ラウライトのかけら一つで補えます。これからアレムさんの霊脈と回路を同期させますが、ほんの一瞬、ちょっとだけ痛いかもしれません」

 びりっとくるかも、とヴェイルが言うと、アレムの顔がわずかにこわばった。『痛いの?』という声が聞こえてきそうな、なんとも言えない不安げな表情だ。

「お前は衛士だろうが。今更ちょっと痛いのがなんだ」

「中佐殿、そうはおっしゃいますが未知に対する心の準備というものがあります」

 逃げを打つアレムの体を、フレイセルは同情しつつ押さえにかかった。

「注射よりは痛くないだろ、多分」

「小官は注射も嫌いです!」

 アレムの悲鳴を聞いて苦笑するヴェイルの横で、ノフィが無表情に準備を進める。義肢をアレムの右脚に装着し、固定すると、ポケットから取り出した小箱を開き、中から親指大の黒い石——霊晶石を取り出した。魔術の触媒の他に、燃料や霊素回路の励起に使われるものだ。それを規定の位置に押し込んで回路を保護している蓋を閉じ、文字を刻むように指を滑らせる。

「あ、いだっ」

 どれほど痛いかは本人にしかわからないが、次の瞬間、足と一緒に義肢が軽く跳ねた。ノフィはすぐさまそれを押さえ込み、足の指の部分を掴んで、一指ずつ動きを確かめていく。

「今度はご自分で動かしてみてください」

「動かすって?」

「イメージです」

 半泣きのアレムを慰めることなく、ノフィは言葉少なに返す。アレムが恐る恐る足の動きに神経を集中させると、やがてゆっくりと、足指がかちかちと動き始めた。

「お、おぉ……すごいな。先生、歩いてみてもいいですか」

「どうぞ。フレイセルさん、支えてあげてくれますか」

 ヴェイルは真剣な顔で各部品の動きを手帳に書き取っており、両手がふさがってしまっている。フレイセルは頷き、アレムに肩を貸すと、ベッドから立ち上がらせた。

「具合はどうだ? 軍曹」

「すごいですよ。少し重いですけど、本当に自分の足みたいです」

 アレムは嬉しそうに声を弾ませた。ややぎこちなくではあるものの、一歩、二歩と前に進んでいく。その様子に、フレイセルの胸にも喜びが湧き上がるようだった。

 一通りの動作確認を終えるころには、アレムの血色はだいぶ良くなっていた。庭に出たいというアレムを、急に動き回るのは体によくないとメイエル中佐がたしなめる。ヴェイルにも同じように諭され、アレムは不承不承とようやく大人しくなった。

「ありがとうございます、先生」

「いえ、うまくいって本当に良かった。本当に……」

 深々と頭を下げるアレムに、ヴェイルは照れたように笑った。苦労した研究成果がこうして結実した感慨は深いだろう。一方でノフィはすました顔のまま、時計の針をじっと見つめていた。

「先生、そろそろ出ませんと約束の時間に間に合いません」

「えっ、もうですか?」

 慌てて帰り支度を始めるヴェイルに、フレイセルは目を瞬いた。

「他にもご予定が?」

 せっかく久しぶりに会えたのに、という気持ちを飲み込む。忙しさは相変わらずなのだろうかと心配にもなる。ヴェイルはそんなフレイセルの心境を知ってか知らずか頷いた。

「もうひとり、これを必要としている子がいるんです。郊外まで歩くので、もう行かなくては」

「そうですか……」

 自然と声が沈む。異動先は決まっても、外出許可はまだ降りていないのだ。次に顔を見られるのはいつになるだろう。挨拶もほどほどに足早に去る二人の背中を見送って、フレイセルは無意識にため息をついていた。

「メイエル中佐」

「なんだ」

「外出許可を得たいのですが……」

「何故だ」

「アールダイン先生はあの事件の被害者でもあるんです、狙われるかも」

 苦しいわりにはもっともらしいことを言って食い下がると、メイエル中佐はうんざりした様子で肩を落とした。

「任務に私情を挟むんじゃない……と言いたいところだが、お二人だけでは心許ないな」

 かたや魔術学校の貴重な天才と、かたや将来を嘱望される名門の娘だ。万一のことがあれば損失が大きい人材である。メイエル中佐の言葉に、フレイセルは顔を明るくした。

「では、」

「さっさと行け。書類はこちらで書いておく」

「はっ。ありがとうございます、メイエル中佐」

 夕方までには戻るようにと念を押して、メイエル中佐は執務室へ向かう。フレイセルはその背中に踵を鳴らして敬礼し、急いで二人の後を追った。

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