ギーカホリック

TT

ギーカホリック


「特製ラーメン全マックス。油マシマシで」

「俺が言うのもなんだけどよ、毎日そんなの食ってたら、体壊すぜ?ここんとこ毎日来てるじゃねえか」

「はは、事務所の近くでこんなに安く食べられるところ、他にはないからね」

「上に入った探偵事務所だっけ?今時そんなのやっていけんのかい?」

「まあ、ボチボチですよ。店長こそ、こんな安くて潰れないの?」

「あー、お客さんは知らねえよな。俺は”能力者オタク”なんだよ」

「へえ、"能力者オタク"かい!なるほど、それじゃあ店長の能力はグルメ系かな?いや、それとも……」

「お客さん、”無能力者非オタ”にはわかんないかもしれねえけど、能力の詮索は良くないぜ」

「はは、これは失礼。職業病でね」

「ま、いいってことよ、これからも贔屓にしてくれや。……おっと客だ、らっしゃい!」


「(“オタク”ねえ そうは見えないけどなあ)」


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ここは東京、オタクカルチャー発祥の地、日本の首都。

かつてサブカルに傾倒した人々は軽蔑、あるいは自尊の意を込めて「オタク」と呼ばれた。そして現在、そのサブカルから染み出した能力者は自らをこう呼ぶ



−“能力者オタク”と。



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(さて、ラーメン食べて仕事に戻るかね)


店の奥には今時珍しい液晶型のテレビが吊り下げられ、そこそこ可愛い3Dモデルのお姉さんが記事を読み上げている。あれは元VTuberだったな。


「本日未明、新宿駅前で、地下アイドル活動をする女子大生5人組が何者かに襲われカード化する事件が起きました。犯人はカードを置き去りにしたことから”新参ビギナー”による衝動的犯行とみられており−−−」


かつて想像の産物であったアニメや漫画の世界は、いつからか現実に染み出していた。その起源は専門家の中でも意見が分かれているが、いわゆる最初の”オタク犯罪”があったのは2020年の東京オリンピック開会式だ。当時、大学で必修科目として無償ボランティアに派遣されていた私は、その事件の渦中にいた。


−――――――――――−――――――――――


その日は頭皮まで日焼けしそうな快晴で、スポーツの世界大会としては絶好の開会式日和だった。しかし勤務中の飲食は厳禁、帽子も防犯上禁止。まるで奴隷のような環境で、朝から立ちっぱなしだった私はすでにフラフラだ。故に、目の前で起きたその出来事を現実だと受け止めるまでにはそれなりの時間を要した。



パキィン


ガラスの砕けるような心地よい破砕音とともに、次々と場内のスタッフが消えていく。


『諸君。開会式はお楽しみいただけただろうか。』


続けて会場のモニターに映し出された小さな女性が告げた。


『祭りで浮かれるのは結構だが、その裏で過酷な労働を強いられているボランティアスタッフがいることを忘れるな』


パキィン パキィン


周りのスタッフが次々とどこかへ消えていく。


「おい、これどうなってん


パキィン


隣で油を売っていた同級生が消える瞬間を私は見逃さなかった。

舌を出した女性が現れ、彼に触れた途端、例の破砕音とともに姿を消す。


パキィン


何が起こっているんだ?これも開会式のイベントなのか?


『我々は強制ボランティアスタッフの解放、及び志願者への正当な対価を要求する』


パキィン


「痛くないから。じっとしてなさい」

例の舌出し女性が私の隣に現れた。


パキィン


「ちょっと待って気持ち悪い......」


そして世界が暗転した。


−――――――――――−――――――――――


次に目を覚ましたのは医務室だった。なんだかとんでもない夢を見たような気がする。


「おはよう。大丈夫だったかい?」


目の座っていたのはリンゴの被り物をした白衣の人間、声からして男性のようだ。

これはまだ夢を見ているらしい。もう一眠りしよう。私は布団に潜る。


「ごめんね。やっぱり具合が悪かったか。熱中症みたいだったから、手当てしておいたんだけど。ね、ナイチンゲール」


「(コクッ)」


隣に立つ白衣の女性が頷く。どうやら熱中症でぶっ倒れた情けない私を介抱してくれたらしい。じゃあやっぱり夢じゃないのか。


「あの、話が全くみえないんですけど。あなたは誰?」


「すまないね、これ以上長居はできないんだ。気を失ったボランティアは君だけだったみたいだし、僕らはこれでお暇するよ」


「あの!ちょっと待ってくだ


「そうだ!君にも一応こいつをあげよう。使い方が分からなければ川にでも投げ込んでおいてね」


そう言って彼はわかった形のナイフを渡してきた。このリンゴ頭、私と話をする気がないらしい。しかしこれは......


「アイン。よろしく」


そう言ってリンゴが立ち上がると同時に先ほど聞いた音が響く


パキィン


「遅いのよ。いいじゃないこんなやつほっとけば」

先ほどの舌出し女が悪態をつきながらあらわれた。


パキィン


白衣の二人を連れて再び消えた瞬間、武装した警官が部屋に侵入してきた。ベッドに腰掛けて呆然としている私を尻目に、焦った様子の警察官たちも間抜けな顔で部屋を見回している。


「君、さっきまでここに誰かいなかったかい?」


「なんの話ですか?」


「よし。こいつを一旦署に連行しろ」


咄嗟にすっとぼけたおかげで怪しまれ、警察署で事情聴取されることになった。ちょっと待て、私も被害者だろう。


ともあれ私は本当に熱中症で倒れていただけなので、あっさりと解放された。曰く、謎の集団がボランティアの解放を求めてスタッフを自宅に送り返したらしい。突如家に帰されたため、被害者は誰一人、何が起こったかを知らないようだったという。


警察署から出た私はスマホで件のニュース動画を観た。


「本日、東京オリンピック開会式において、仮装した集団がボランティアスタッフを誘拐する事件が発生しました。容疑者の身元は特定されておらず、現場の証言によると「人が瞬間移動をしたようだった」とのことで−−」


ニュースの内容は概ね私の観た通りだったが、どうやら彼は「無償で働かされるボランティア」に正当な支払いをすることを求めてテロまがいのことをしたらしい。それで私を看病してくれたのかな。


「−−警察の調べによると、彼らの犯行に使われた能力はとある漫画の設定に酷似しており、その異常性から操作が難航しているとのことです」


私はおもむろにポケットからナイフを取り出した。警察署で見つからなかったのは幸運だという他ない。私はこのナイフを知っている。しかしそれは「絶対にここにあるはずのない物」だった。いわば空想の産物。漫画の中のアイテムである。


秋葉原でこれを渡されたのなら、よくできたレプリカだと思っただろう。しかし私は、現にあの能力者たちを目にしてしまった。あれは「廻り者」というやつだ。前世の才能を引き出して戦うという漫画の設定。それが実在するなんて眉唾でしかない。


「でも見ちゃったしなあ。」


私はこの目で見た者以外信じない。それは逆に、見てしまったのなら信じる他ないということでもある。到底信じたくもないのだが、あれは事実だったと握られたナイフが告げている。



−その日から、世界は徐々に姿を変えた。

人々はすぐには信じなかったが、身近な人間が異能に目覚めるとともに、誰もが当たり前のものとして受け入れて行った。


件の漫画は「リィンカーネションの花弁」

輪廻の枝と呼ばれるナイフで首を切り自殺したものは、前世の才能に目覚めるという。



すでに魔術や超能力は空想の産物ではなくなっていた。

かつて人類が想像できたものは悉く現実へと姿を変えてしまった。



人々はある日突然、能力に目覚めるという。

能力におよそ制限はなく、創作物として表現されたあらゆる事象を発生させる。


ある人は魔法を。

ある人は念能力を。

ある人は未知の科学技術を。


目覚める能力は彼らが最も心を動かされた作品によるという。

能力に目覚めるためとされている条件は一つだけ、


−オタクであることだ。



それ以来、彼らの異能によって起こされた事件は「オタク犯罪」と称され、”オタク”という言葉は"能力者"を表す単語になった。


これはそんな「オタク犯罪」を追うオタクの物語だ。











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