第20話 またあった入院日記・その3

 朝6時に起床。

 ということになっているが、僕は最近、5時代に目が覚める。みんなが起きはじめる時間まで、スマホを見て何となく時間を潰す。昨日の夜間に誰かが書きこんだニュースをチェックしたり、スマホゲームをプレイしたり。

 僕は『アイドルマスター シンデレラガールズ』をやっている。なぜって? 今の僕には反射神経を必要とするゲームなんて無理なんだ。『デレマス』なら反射神経は必要ない。

 僕が入れ込んでいるのは結城晴。サッカーが大好きな12歳のボーイッシュな女の子で、一人称が「オレ」。他の女の子のように女らしく振る舞ったり、プロデューサー(僕)に対して気のあるようなことを口にしない。その点がかえって好印象なのだ。結城晴と出会わなかったら、こんなに長く『デレマス』を続けていなかっただろう。


 6時30分から7時頃にかけて、朝食が運ばれてくる。最初に来るのはお茶。次に全員の分の朝食がトレイに載せられて運ばれてくる。ヤクルトのジョワ(日によってはパック入りの牛乳)。食パンが二枚(コッペパンのことも)。それにパックに二個入りジャムやマーガリン(日によって変わる)をつけて食べる。後は少量の野菜など。これも日によって異なり、ちょっとしたサラダの場合、キッシュの場合、スープの場合などいろいろ。デザートは一本のバナナだ(時にはパインやキウイになることも)。

 少なすぎると思う人もいるだろう。特に二枚のパンにジャムちょびっとだけというのは。でも僕は三食の中で朝食がいちばん好きである。食パンにつけるジャムやマーガリンにしても、多くも少なくもないので、まあまあ我慢できる。

 困っちゃうのはジョワである。

 普通にパックを開けるだけなら問題はない。しかし、病気のせいで握力が落ちていると……。

 ただストローをパックに突き刺す。たったそれだけの動作が、今の僕にとってはひどく難しい。最近はようやく慣れてきたが、それでもけっこう手間取る。


 現代のアニメのほとんどは、深夜の時間帯に放映されている。僕はそれを見ることができない。いちおう『銀河英雄伝説』だけは妻に頼んで取って貰ってはいるけど、それ以外は多すぎて無理。『ゴールデンカムイ』も『ひそねとまそたん』も。当然6月以降の新番組も何も取っていない。

 考えてみれば、朝の番組が部分的にも見れるというだけで、十分に幸せなのかも。もっと重い症状なら、アニメなど見られなかったかもしれないのに。


 もっと深刻なのは、新作映画が何ひとつ見に行けなくなったことだ。『レディ・プレイヤー1』は倒れる直前に劇場で見たから、かろうじてセーフだった。『パシフィック・リム アップライジング』も。でも『ニンジャバットマン』は無理だった。

 退院しても、妻からしばらくは映画館に行ってはいけないと止められている。だから『インクレディブ・ファミリー』も『アントマン&ワスプ』も『ペンギン・ハイウェイ』も行けそうにない

 映画ファンならこれだけで、悔しさのあまり頭に血が上るに違いない。この拷問に僕は三か月も耐えてきたんだ。


 お医者さんの話では、近頃の病院の食事はかなり良くなってきているという。一週間前に献立が配られ、患者は好きなメニューを二種類の中から選べるのだ。配膳される料理にしても、温かいものが選ばれている。だから(よほどのグルメでない限りは)食べるのを拒否する人はいないと思う。

 しかし、それでも不満はある。

 僕の不満は、献立によく分からない料理を載せることである。分からない料理だから嫌いなんじゃない。分からないから覚悟ができないことだ。

「ビーフカレー」とか「ピラフ」ならどんなものか理解できる。肉が少なくても、「ああ肉の少ないビーフカレーだなあ。やっぱり予算の関係だろうなあ(笑)」と笑って許せる。

 でも「かるかん蒸し」とか「治部煮」って何? 魚料理にしても、魚の名前が読めないような難読漢字では、どんな料理なのか予想できないよ。

 料理を作る人にしてみれば「少しでもバラエティをつけたくて」という思いなんだろうけど、知らない料理を出されても……という気がする。


 そうそう忘れるところだった。僕が見つけた裏ワザ。

 病室のテレビを見る時、番組案内のページに合わせると、その時間だけはプリペイドカードに記録されません。もちろん画面は見られないんだけど、音は聞こえる。CMタイムなんかはそれで乗り切れる。

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