第14話 補足いろいろ

 ここで本来の日記を一部中断して、当時の僕の入院生活について、一部補足しておく。


 体はずいぶん良くなってきた。どうにか立って歩くことはできるし、病棟内を三周ぐらいなら歩き回れた。

 でも駆け足は無理。スキップも無理。よたよた歩きしかできない。自分の行動範囲が大幅に狭くなったのを感じる。

 これをお読みのあなた、想像してほしい。自由に歩き回れない状況では、自分の行動範囲がどれほど狭くなるか。映画館には行けない。もちろん、梅田にあるような大手書店にも。もちろん各種イベントにも、喫茶店にも、レストランにも、コンビニにも、スーパーにも。

 たぶん行動範囲は、健康だった頃の一千分の一以下だ。

 一回きりの病気で失われた健康を取り戻すのに、どれだけの歳月が必要なのか。ちょっとくじけそうになる。


 理学療法ではいろんなストレッチ体操だけでなく、階段の上下運動もやるようになった。リハビリ・ルームは二階にあるのだが、非常階段を二階から三階へ、一歩ずつ昇るのだ。その後は三階から二階へ。もちろんPT(理学療法士)がついていてくれるんだけど、転んだりしたらえらいことなので、すごい緊張を強いられる。

 反対に楽なのは自転車漕ぎ。エルゴメーターという自転車のような機械のペダルを回す。ペダルにかかる抵抗の大きさは調整できる。僕は一日に十分間だけエルゴメーターを回した。単にリハビリ・ルームで歩くよりも、長距離を走った気になれるので、いい運動になる。


 OT(作業療法士)はワープロの打ち込み作業がメインになっていた。これが僕はいちばん好きだった。何と言っても、僕の健康な時にやっていた仕事、僕の天職なのだから。

 ただ一日の作業が正味四〇分ぐらいしかないので、書ける量は少ない。それに右半身の麻痺の影響で、キーを叩く速度が大幅に落ちている。どうにかぎりぎり原稿用紙一枚分の文章を打てるかどうかといったところ。健康な時には一日に原稿用紙一〇枚分の原稿を書くのを日課にしていたのだけど。

 そうそう、ちょっとしたゲームがお気に入りだった。ベニヤ板で作られた大きなきなボードに、10×10個のランプとボタンがついている。それらのランプがランダムに明滅し、それに合わせてボタンを押す。最初はなかなかできなかったけど、だんだん上手くなってきて、最後には2分間で120点を超えた。

 ハイスコアを叩き出すのが楽しくて、しかも全身の動きを鍛えるリハビリにもなる。何でもっとこういうゲームをやらせてくれないのだろう。


 OT(言語療法士)はべつに疲れることは何もない。iPadを使った漢字クロスワードパズルや、単純なゲームで時間を潰す。面白いのいいんだけど、これがはたしてリハビリの役に立つのかと疑問。


 入浴は一週間に二回。一人か二人のナースが介護してくれる。特に女性が多い。

 若いナースが体を洗ってくれるというと、男の中には鼻の下を伸ばす奴もいるかもしれない。残念ながらそんな楽しみはない。だって素っ裸にされて事務的に体を洗われるんだから。乱暴に扱われたりしたことはないけど、別に嬉しいこともなかった。

 最初のうち、裸になるのが恥ずかしくてたまらなかった。そのうちに慣れてきたけど。


 散髪は数日に一度、病院の外からの理髪師の人が訪れ、カットしてくれる。

 僕は大失敗をした。伸びてきたのでそろそろカットしてほしいなと思って予約しようとした。ところが7月の上旬に予約しようとしたら、予約がいっぱいで、7月下旬まで待たされた。病院でカットを求める人は意外に多く、いつも予約の順番待ちが多いのだ。一か月近くの間、僕はぼさぼさ髪を我慢しなくてはならなかった。

 これから入院する予定の人、理髪師の予約を忘れずに。

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