理由


過ぎ行く景色を眺めながら、リツを思い返す。

結婚後、夫以外と肌を重ねることはなかった。

肩を抱く。

自分の身体に残る、リツごと抱きしめる。

ダメだ、苦しい。

これ以上はダメだと理性が言っている。

リツには届いただろうか?

リツが欲しがっているものは、花には与えられない。だけど、いつか相応しい人に出逢い、与え合い、幸せになる──

そのキッカケになれたならそれでいい。

花はリリーに連絡した。



リリーは困っていた。

山田から花の予約の催促をされていた。

他の人…はダメよね。しかたないな。

「山田さん、大変申し訳ありません。花は辞めました。予約はお取りできなくなりました」

すぐさまスマホが鳴る。

やっぱり…

「はい、ホワイト…」

「辞めたって、どういうことですか?」

「実は、少し前から話は出ていて、続けるかどうか悩んでたみたい」

「いつ辞めたんですか?」

「今日で終わりです」

「理由は何ですか?」

「分からないけど…」

「何かあったんですか?」

「何もないとは言ってたけど…」

「……」

「ほんとにごめんなさいね。他の人なら予約できるけど…」

「結構です」

「そうよね…」


混乱していて、状況が把握できない。

自分のせいなのか?なんで…

そればかりが頭をぐるぐる回る。

オレを受け入れてくれたんじゃないのか?

本当は嫌だったのか?

もう、二度と会えないのか…

今日で終わり…金曜日

リツ!リツと会ってるんじゃないのか?

すぐに電話をするが、捕まらない。

LINEも既読がつかない。

残業を断り、マンションへ向かう。

インターホンも反応なし。

部屋の明かりも点いていないので、近所でしばらく待つことにした。



何かがおかしい。

二人の間に何かあったに違いない。

今度はそればかりが頭をぐるぐる回った。



部屋の明かりが小さく点いた。

ドアが開くなり、山田はリツに掴みかかった。

「お前、花さんと何かあったのか?」

山田の腕を振り払い「何もないよ」と答え奥へ入る。

「今日会ったんだろ?どこで会った?」

「どこでもいいだろ。なんだよ、何しに来たんだよ」

「花さんが辞めた理由を聞きに来たんだよ」

「……」

テーブルの上にホテルの領収書があった。



「おまえ…花さんに何したんだよ!」

リツを壁に押し付け、胸ぐらを掴む。

嘘だ、嘘だ、嘘だ!

ホテルってなんだよ!

花さんが、そんなことするはずない!

プラネタリウムでのキスを思い出す。

「花さんは、オレを受け入れてくれたんだ」

俯き、そう言ったのはリツだった。

違う!違う!何かの間違いだ!

少しずつ暗くなる視界と共に、足の力が抜けてゆく。

「なんだよ…なんだよソレ…お前何したんだよ!」

「……」

「違う!花さんはオレを受けい…」

山田を受け入れたのなら、リツも受け入れたのだろう。

自分の言葉に思い知らされ、山田は膝をついた。

小さく丸まり、背中が震えている。

「ごめん…」

リツは小さく呟いた。

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