雲のベッド
金曜日午前10時、池袋サンシャイン前。
昨夜、ちゃんと山田から電話があった。
「も、もしもし?花さんですか?山田です」
こちらまで緊張してしまう。正座で電話を受けた。きっと山田も正座していることだろう。
「あ、明日10時に池袋のサンシャイン前に来て下さい。で、では!」一気に捲し立てると返事も聞かずに切ってしまった。
……頑張りは認めるが、これでは果たし合いだ。不合格。
「山田さん、あれでは女の子を誘えませんよ。もう一度やり直しです」
花は電話をかけてそう告げた。
なかなか手厳しい花先生は、3度目でやっとOKを出した。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。山田さん、そのコーディネートやっぱり素敵ですね」
「あ、はい…合格ですか?」
「ええ、もちろん」
山田は照れくさそうに笑った。
「今日はどこに行くんですか?」
「プラネタリウムです」
「わぁ、嬉しい!プラネタリウム好きです」
「良かった。花さんと夜空を見ることは出来ないから…擬似的に…」
「そうですね。楽しみ」
プラネタリウムの中に入る二人。
雲のベッドのようなシートに座る。
「すごい!こんな席があるんですね」
「はは…」誤魔化すように笑う山田。
花から提案されて以来、帰宅後はもちろん、仕事中も隙をみては調べまくった。
このプラネタリウムを見つけてからは妄想が止まらなかった。ここ以外考えられなくなった。
平日の朝なので客はほとんどいなかった。
ヒールを脱いでクッションを抱きかかえ、山田に寄り添うように座る。
静かなBGMが心地よい。
星が輝き、隣にいる花の体温を感じる。
山田は意を決して花の手を握る。
すると、花が指を絡めて握り返してきた。
アドレナリンが溢れ出す。
もう、星など見ていない。
花から目が逸らせない。
花と目が合う。
ゆっくりと、唇を重ねる。
夢中だった。
花を抱きしめ、足を絡ませ
山田は今までの彼女いない歴を取り戻すかのように、何度も何度も唇を重ねた。
花から熱い吐息が漏れ聞こえる度に、全身が痺れたように震える。
明かりがつくまで、上映が終わったことに気がつかなかった。
山田は月曜日に出社するまで、夢の中にいたような気がする。オフィスはいつもと違う雰囲気で、違和感があった。
「皆さん、おはようございます。佐藤さんの後任として参りました、牛島と申します。よろしくお願い致します」
朝礼で、初めて上司が去ったことを知った。
同僚達がヒソヒソと話している。
「金曜日に『じゃあな、後は後任に任せてあるから』ってそれだけだぜ?佐藤さんも薄情だよな」
「ほんとだよ。誰にも言わずに辞めるなんて、ありなの?後やりにくいんだよ」
「まぁ、言われたところでどうしようもないけどな」
──お前も来い
上司の言葉が思い出される。
転職…なかなか周囲に馴染めない自分に、新しい環境へ飛び込むのは、彼女をつくる次に難しいことだと尻込みをする──はずだった。今までの山田なら。
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