家族を送り出し、庭の花に水をやる。

芍薬が蕾をつけていた。


リリーからLINEの着信。

「お疲れ様です。来週は山田さんと映画の約束したの?10時にシャンテで、との伝言です」

「はい、映画の約束をしました。10時にシャンテですね。わかりました」

家事の手を止めて、鏡の前で洋服を選んだ花は、スマホで美容室の予約を入れた。

夫からLINE「今日は餃子が食べたいな」

了解の可愛いスタンプを送る。




火曜日午前10時シャンテ前。喪服姿で待つ男が一人。花を見つけて手を振っている。

花は慌てて駆け寄る。

「どなたかご不幸があったんですか?」

「あっ、いや、気にしないで下さい」上着を脱ぎ、ネクタイをはずす。


座席に座り、映画泥棒のCMが始まる。

平日の午前中。客など殆んどいないのに、二人並んで座るのがどうも…端からどう見えるのかと思う山田をよそに、花が山田寄りに座る。

距離が近く、花の髪がふわりと山田の肩に触れる。

映画が始まり何気なく隣を見て、じっと油汗を流す山田に驚いた。

「大丈夫ですか?具合が悪いなら、外に出ますか?」

「あっ、いえ、大丈夫です…は、ハンカチ忘れちゃったな…」

「これ使って下さい」

「いえ、それは…」

「大丈夫です。もう一枚ありますから」

「すみません、ありがとうございます」

ハンカチを受け取り、額の汗を押さえてコッソリ匂いを嗅ぐ。

映画が進み、涙を拭う花。

それをじっと横目で見つめる。




映画が終わり、いつもの料亭で食事をとる二人の笑顔は、前回よりも解れて見える。

「映画、素敵でしたね」

「気に入ってもらえて良かったです」

「いい映画を選んでくださって、ありがとうございます。なんか久しぶりにドキドキしちゃったなぁ」

「そ、そうですね…」確かにドキドキした。映画の内容を覚えていないくらい。

「そういえば私、何も考えずに一緒に映画観たいなんて言っちゃったけど、山田さんに彼女がいたらまずかったかなって…」

「大丈夫です。いませんから」

「そうなんですか?山田さん、真面目そうだし優しい方なのに、もったいないですね」

「そ、そんなこと無いですよ…」

「興味ないとか?」

「い、いえ、全く、全然、そんなことは…」


ふふっと笑って箸を運ぶ。

やはり食べている姿から目が離せない。




半休明け

申し訳なさそうに出勤する山田と、眉間にシワを寄せた上司の目が合う。

「喪服のままで来るなよ」

「すみません、そのまま来たもんで」

「仕事、溜まってるよ~」

いつもの倍ほどの書類がデスクに積まれている。



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