縁切りから成就まであなたの恋の相談承ります

UMI(うみ)

縁切りから成就まであなたの恋の相談承ります

 メアリ・カサンドラは魔女である。恋の魔法を使う魔女である。その

恋の成就から憎い恋敵を葬ることまで恋に関することならなんでも請け負う。古今東西、恋は女性の永遠の悩みである。

 そんなわけで魔女らしく山奥に住んでいるメアリの住む小屋には悩み多き羊たちが後は絶つことがない。有り体にいえば大変繁盛していた。でも魔女らしさを出すために、見た目はボロいログ小屋に住んでいる。しかし使われているのは最高級品の木材ウエスタンレッドシーダーである。

 小屋の中の高級家具が並んでいる。食器の類も高級ブランド品ばかりである。見る人が見ればどれだけぼろもうけしているか伺えるというものだ。それぐらい恋多き乙女は星の数ほどいるのである。(一部乙女でないものもいるが)

そんなわけで、今日もメアリの元に恋に悩む女性が訪れていた。キャロルと名乗った赤いドレスを着てショールを羽織った官能的な雰囲気を持つ女性だった。豊かな金髪のかなりの美人である。

「それで、お悩みとは?」

 ここに来た以上、悩みなんて一つしかない。それでも社交辞令的にメアリは訊いた。しかし、メアリを待っていたのは意外な答えだった。

「殺して欲しいんです、愛するあの人を」

 『あの人』というのは彼女の恋敵のことだろうか?だがそれなら何故『愛する』という冠がつくのだ?

「……殺したいというのは恋敵のことではないのですか?」

「いえ、違います。恋人のアントニオのことです」

 ますますもってわからない。

「あの、恋人ということは相思相愛なんですよね」

「勿論そうです。プロポーズも受けました」

 一瞬の間。

「あの、それでなんで殺したいなんておっしゃるのですか?」

「私、舞台女優なんです」

 ああ、それで。この派手な装いに納得する。

「でも、それがどう殺したいに繋がるんですが?」

「実はアントニオ以外にもプロポーズを受けておりまして、その方は社会的地位もあり資産家で、大変影響力のある方なんです」

「なるほど」

 話が見えてきた気がする。

「その反面、アントニオはしがないパン屋の住み込みに過ぎません」

 ふうっと一つキャロルはため息をついた。

「私はどうしても舞台女優として成功したい。押しに押されぬ大女優になりたい」

 膝の上に置かれた手袋した手がぶるぶる震えている。

「でも、それなら殺さなくても……アントニオさんと別れてその人と結婚すればいいだけの話では」

 だがそれを聞いた瞬間、キャロルの血相が変わった。

「そんなこと出来るわけありません!」

「な、何故ですか?」

「アントニオを愛しているからです!!!」

 キャロルは勢いよく立ち上がる。マホガニーの椅子ががたんと音を立てて倒れた。

「別れられるわけないわ!私は愛しているのよ、アントニオを!」

 かっと見開いた目はどこか狂気を孕んでいる。

「彼が生きている間は他の男と結婚なんて出来るわけないでしょ!」

「なるほど」

「愛しているのよ!アントニオを!でも……」

 キャロルは唇を震わせる。

「彼を選んだら私はこれ以上、女優として上に行けない……!」

「ご事情はお察ししました……しかし」

「なにか問題でも?」

「私は恋の魔法を使う魔女です。私の魔法は恋を成就させるためのもの。恋敵を亡き者にするならともかく、あなたのご依頼は趣旨が違います」

 メアリは一応プロの魔法使いである。そこには譲れない矜持があった。

「報酬は言い値でお支払いします。前金です」

 そう言って重たそうな革袋テーブルの上に置いた。

「お受けしましょう!!!」

 即決だった。矜持はどこに行ったと言われそうだが、プロである以上、自分の仕事にそれ相応の対価を支払ってくれるのなら文句のつけようもない。



 数日後、まずはターゲットの確認ということでメアリはキャロルと共に街へ下りて、アントニオが働いているというパン屋に向かった。買い物客で賑わっている一角にその店はあった。キャロルに続いてメアリは店の中に入った。カランと扉の鐘が鳴った。

「いらっしゃい!」

 元気な男の声で迎えられる。

「おお、キャロル」

「アントニオ」

 メアリはアントニオという男性を見た。

(ええええ?)

 このキャロルの恋人だ。それなりの男性を思い浮かべていたのだが、アントニオはキャロルの予想の真逆をいく男だった。まず年齢がどうみても四十を超えている。いかにもうだつが上がらないもてなさそうな男であった。顔の造作については形容を控えたい。

 とにかく、メアリの脳裏を過ったのだ『何故?』『どうして?』だった。キャロルほどの美女が。その二つが脳内をぐるぐる回っている。

 アントニオはでれでれと鼻の下を伸ばしている。そりゃ、この女性とお付き合いしたことありませんという男が、キャロルほどの美女を恋人にしているだ。そうもなろう。体格はパン職人だけあってがっしりしていい身体をしているが、それだけだ。

「おい!アントニオなにしている。仕事しろ!」

 でれでれするアントニオにこの店のマスターらしき男が怒鳴る。この歳になってまだ下働きの状態らしい。たしかにこの男に店を切り盛り出来る器量はなさそうだった。

「おや、キャロルさん」

「こんにちは、マスター」

 キャロルの顔を見るところっと態度が変わった。

「アントニオは裏に引っ込んでろ。明日の仕込みが残っているぞ」 

「は、はい」

「また後でね、アントニオ」


 店を出るとキャロルはきゃるんという感じで両手を胸の前で組んだ。

「ね、ね、ね、アントニオ素敵な人だったでしょ」

 語尾にハートが付いていそうだ。いや、間違いなく付いている。

「はあ……あの、つかぬことを伺いますがどこを好きになったのですが?」

 詮索はあまりしたくないが、今回は気になって仕様がない。殺さなければ別れられないと思い詰めるほどだ。余程いい男だと思っていたのだが。そしてキャロルの答えはあまりにも意外なものだった。

「うだつの上がらない と こ ろ。うふ」

 そう言って、キャロルは頬に手を当ててうふふふっと笑った。人の趣味にとやかく言いたくはないが、キャロルの趣味はちょっと変わっているようだ。

「朝に晩にマスターにどやされて、右往左往して、今だに下働き……」

 きゃーーーーっ!素敵!!!

 そう叫ぶとキャロルは顔を覆って悶え始めた。

 前言撤回。ちょっとじゃない、かなり変わっている。

「まさに私の理想の人なんです……!あんなに素敵な人と別れるなんて出来ないわ」

 キャロルはきっと覚悟を決めたような顔をしてメアリを見つめた。これ以上ないくらいのシリアス顔だ。

「だからこそ、アントニオは殺さなくてはいけないの……」

「はあ」

「わかって下さるわよね」

「はあ」

 正直なことを言うとさっぱりわからないが引き受けた仕事はきっちりこなすのがプロだ。前金も貰ってしまったし。メアリに返すつもりは毛頭ない。

「と、とりあえず……私の山小屋に戻りましょうか。そこで計画を練りましょう」



 硝子で出来たテーブルを挟んで対面する。

「まあ、殺すのは恋を成就させるよりもずっと簡単です」

 そうメアリは言った。キャロルは頷く。

「一緒に食事はされますよね」

「それは勿論ですわ。アントニオったら食い意地が張っていてガツガツ犬のように食べるんですの。その食べ方の汚いこと、汚いこと。そこがまた魅力的で……この前なんか」

 キャロルの意味不明なのろけを聞いていると三百六十五日、一年経ってしまいそうなので強引に打ち切らせる。

「これが魔女の秘薬の一つ……死に至る薬です」

 ことんと小さな瓶をキャロルの前に置く。中には無色透明の液体が入っていた。ちゃぷんと液体が揺れる。

「これをなにか飲み物にでも入れて下さい」

 メアリは魔女らしく薄っすらと笑った。

「苦しむこともなく、彼は天国へ旅立つでしょう」

 キャロルは震える手でその小瓶を手に取った。

「アントニオはお酒が大好きで、もはやアル中じゃないかと思うほど飲むんです。そこがまた……駄目人間過ぎて素敵なんですが……お酒にだらしないアントニオならなにも疑うことなく飲みますわ!」

 キャロルは小瓶を握り締めて力説した。

「そ、それならなんの心配もないですね」

 ちょっといや、かなりドン引きしながらメアリは言った。

「では、早速!今時分アントニオはへべれけに酔っている頃ですわ」

 そう言ってメアリはスカートの裾を翻して風のように去っていった、

「人の趣味にとやかく口を出す気はないけどね……」

 あのアントニオのどこがいいのかメアリにはさっぱりわからない。あの駄目さぶりが母性本能を擽るのだろうか。あれか、あれなのか?駄目男依存症という奴だろうか。あのアントニオという男には悪いが、殺した方が彼女の未来のためにプラスなことは確かなことだった。あのアントニオは近いうちにキャロルのひもになるだろう。間違いなく。

「幸運を祈りますよ……」

 開けっ放しの扉に向かってメアリは呟いた。

 


 数日後、優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいたメアリの元にキャロルが半泣きでやって来た。

「どうされました?」

 とりあえず、キャロルにも紅茶を淹れる。

「ううううううっ、駄目でした」

「まさか……薬が効かなかったのですか?」

 自分の作る魔女の秘薬に絶対の自信を持っていたメアリは少し動揺した。

「いえ、違うんです……それ以前の問題なんです」

「と、言いますと?」

 わっとキャロルは両手で目を覆い、泣き始めた。

「アントニオが、アントニオが!」

「彼がどうしたんですか?キャロルさん落ち着いて」

「とうとうお店を首になって……!」

 まあ、そうですよねーとメアリは思った。

「私の家に転がり込んで来たんです」

 なるほどとキャロルは思った。

「それでさすがのキャロルさんも彼に愛想を尽かした、と」

 結構なことではないかとメアリは思った。殺すよりも別れた方が絶対に穏便だ。だがばっとキャロルは顔を上げた。

「私がアントニオに愛想を尽かすなんてあり得ませんわ!」

 目がキラキラして背後にはハートマークが乱舞している。

「むしろ、その逆なんです!すっかり私のひもになったアントニオの魅力的なことと言ったら!惚れ直してしまいました。朝から晩まで飲んだくれてなって。暇さえあれば賭け事をしてすっからかんになて帰って来ますの!まさに歩く私の理想!」

「はあ」

「そんな愛しいアントニオを殺すなんて、自分ではとても出来なくて……」

 ヒートアップしてくるキャロルにメアリは、どうにか割り込んだ。

「ええと、つまりキャロルさんは毒を盛れなかったと」

「……はい、あそこまで理想的な駄目男だとは思っていませんでしたわ」

 うっとりと目を輝かせながらキャロルは言う。

(駄目だ、こりゃ)

 メアリはそう結論づけた。これ以上付き合ってはいられない。

「ではアントニオさんを殺すとうお話はなかったことで良いでしょうか?あ、前金は返しませんけど」

 うんざりしながらメアリは言った。

「いいえ!」

 ところが、キャロルは首を激しく振った。

「私はアントニオを愛しています!愛せば愛するほど殺さなくてならないと思うのです!私が……大女優になるためには……愛しているからこそ、アントニオを諦めるためには彼を殺す他はないんです!」

 ばんばんとテーブルを叩きながらキャロルは力説する。ティーカップはひっくり返って紅茶の染みが白いテーブルクロスに広がった。

(ああ、気に入ってたのに……)

 これでは洗っても落ちないだろう。メアリは大きくため息を付いた。何度目のため息だろうか。

「えー、それでキャロルさんはどうされたいんですか?毒は盛れなかったんでしょう。もう諦めたらどうですか?前金は返しませんが」

 正直もう付き合いたくない。

「私の手で、アントニオを殺すのは無理、です……!だって愛しているんですもの!」

 ならやっぱり諦めるしか、とメアリが言おうとした時だった。

「だから魔女のあなたにアントニオを殺して欲しいんです」

「え……?」

「メアリさんがアントニオを殺して下さい」

「あ、いや……」

 メアリは口籠る。

「自ら手を下すのは魔女の信条に反する行為なので」

 そうメアリは言った。魔女の矜持というものがある。魔女は殺し屋ではないのだ。

「追加料金をお支払いします!」

「お受けしましょう!!!」

 即断即決だった。矜持も大事だが魔女とて霞を食って生きているわけではない。この貨幣経済の社会で生きている以上、金は必要不可欠なものなのだ。



 メアリはその夜、仕事部屋である地下室へと入ると床に幾何学模様の魔法陣を己の血で描く。その魔法陣の中心に銀の矢を一本置くと、メアリは魔法陣の外に出る。そして目を瞑り、静かな声で呪文を唱え始めた。


「バカビ・ラカ・バカべ

 ラマク・カヒ・アカべべ

 カルレリオス


 愛しきモノの心の臓を貫き給え

 恋しきモノの命を射ち落し給え


 

 ラゴス・アタ・カピオラス

 サマハク・エト・ファミオラス

 ハルラヒヤ」


 魔法陣が赤く輝き、その光は真っ直ぐに天井まで上った。そして銀の矢に収束していき吸い込まれていく。全ての赤い光を吸い込み終わると、魔法陣は跡形もなくなった。銀の矢は赤く鈍い輝きを湛えている。メアリはそっとその矢を拾い上げて、地下室を後にした。



 メアリはキャロルを教会の鐘つき台に呼び出した。教会の鐘つき台は教会の天辺にある。そのため風が強くキャロルの赤いスカートとその豊かな金髪が風にたなびいていた。キャロルは飛ばされそうになるショールを押さえながらメアリに問う。

「ここでなになさるのですか?」

「アントニオさんを殺します」

 メアリは端的に答えた。そして赤く鈍く輝く矢を見せる。

「これでアントニオさんの心臓を射抜きます」

 キャロルの顔色がさっと変わる。蒼白いのは冷たい風のせいばかりではないだろう。

「怖気づきましたか?」

 メアリがそう言うとキャロルは首を振った。

「いいえ」

「よろしい」

 メアリは頷いた。

「キャロルさんのお話によるとアントニオさんはこの時間、ほぼ必ず外出するそうですね」

「ええ、夕暮れ時になると私の稼いだお金を持って賭博場へ行くんですの。理想的な駄目っぷりですわ」

「さようでございますか」

 とりあえずキャロルのアントニオ自慢は無視する。スルーである。

「でもメアリさん、ここからアントニオを射殺すなんて出来るんですの?」

 この鐘つき台から見る道行く人々は掌の人形くらいにしか見えない。キャロルの家は遠く、アントニオが出てきても米粒程度だろう。おまけにこの風だ。矢を放ってアントニオに当てられるとはとても思えない。そう言うキャロルにメアリはふふふっと笑った。

「私は魔女ですよ、メアリさん。これは魔法の矢」

 メアリは右手で矢を掲げて見せた。赤い矢は夕焼けの燃えるような太陽に光を反射して眩しいほどの深紅の煌めきを放つ。

「あなたの愛するモノだけの射抜く矢。違うことなく彼の心臓だけを真っ直ぐに貫く。私が一度、矢を放てばそれは止まることは決してない」

 厳かにメアリは朗々と述べた。

「キャロルさん、ご安心を。アントニオさんは苦しむことなく、自分が死ぬことすら気づかずに絶命するでしょう」

 キャロルがごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。

「ではアントニオさんが出て来るのを待ちましょうか」

 二人は風吹く中、教会の鐘つき台の上で待った。だが、中々アントニオは出て来ない。いつの間に日が暮れ、月が出ていた。薄ぼんやりと赤い朧月だ。

「遅いな……」

 メアリがそう呟くとキャロルが言った。

「きっと朝からお酒を飲んで、寝ていたんでしょうね。アントニオはそういう絵に描いたような素敵な駄目人間ですから。うふ」 

 語尾にハートマークを付け、きゃっと言ってキャロルは両手で顔を覆った。

「もう、アントニオったらどこまでろくでなしなんでしょう……毎日惚れ直ししていますの」

 もうメアリは答える気力もなくて口を開かなかった。彼女の将来を思えばアントニオという男を殺すのは間違っていない……多分。

 そうこうしているうちにアントニオがようやく家から出てきた。足取りがおぼつかない。相当酔っぱらっているのだろう。

「来たか……」

 メアリは弓を取り出し、赤い矢を番えた。隣でキャロルが息を飲むのがわかった。ぎりぎりと引き絞る。アントニオの心臓に狙いを付ける。そんなことをしなくとも放てば矢を真っ直ぐに彼の心臓を射抜くのはわかっていたが。限界まで引き絞ると、メアリは大きく息を吐いた。

「いきます」

 そして矢は放たれ……一直線にアントニオに……


 届くことはなかった。


「駄目えええええええええええええ!!!」

 キャロルが矢が放たれた瞬間、前に飛び出したのだ。矢はキャロルの胸に突き刺さった。

「駄目、やっぱり…駄目……愛しているの、愛しているの……」

 キャロルは胸に突き刺さった矢を見ながら、熱にうなされたように言った。

「やれやれ」

 メアリは肩を竦めた。たいした驚きはない。なんとなくこうなるのではないかと思っていたからだ。メアリはキャロルの胸に刺さった矢を無造作に抜いた。血が溢れることもなく、キャロルの胸に傷一つない。矢は赤い光を失い、ただの銀の矢に戻っていた。

「え……私、どうして……?」

 不思議そうというよりも、呆然とキャロルは矢が突き刺さっていた胸を撫で擦る。

「言ったはずですよ、キャロルさん」

 メアリは僅かに目を伏せて言った。

「これは『あなたの愛するモノだけの射抜く矢』だと。他の人間にはなんの効力もないのです。あなたに刺さったことでその魔法も解けました」

「あの、私……」

「これでわかったでしょう。あなたにアントニオさんを殺すことなど出来ないことが」

 メアリは微笑んで言った。

「さあ、アントニオさんのところに帰りなさい」

 そしてとメアリは続けた。

「『働け!』と言いなさい、いいですね!」



 ある昼下がり魔女のメアリは優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。至福の時間である。だがその幸福な一時はあっさり破られた。バタンとけたたましくドアが開いて、女性が飛び込んで来た。

「ぶほっ」

 思わずメアリは紅茶を吹き出した。飛び込んで来たのはキャロルだった。

「ああ、メアリさん!やっぱり、やっぱり……!」

 キャロルはメアリにしがみ付き、その身体をガクガク揺する。

「おち、落ち着いて!」

 メアリはキャロルを引き剥がした。紅茶は全て床にぶちまけられた。

「メアリさん、やっぱりアントニオを殺して下さい!」

「いや、その問題は解決したはずですよね?」

 そうですよね。そうですよねえ。

「私とある方はからプロポーズを受けまして。大劇場のオーナーなんですの。もしその人と一緒になったら大舞台での主演女優も夢じゃないんですの!」

「はあ」

「どうしてあの時、アントニオを殺しておかなかったのかと私後悔して後悔して」

 キャロルはハンケチをぎりぎりと噛み締めた。

「いや、だから、別れるって選択肢はないんですか?」

「別れるなんて、そんな!」

 キャロルは嫌々と首を振った。

「アントニオは相変わらず働かず、飲んでは博打に明け暮れてますの」

 キャロルはうっとりと目を細めた。

「まさに理想的な駄目人間、ただのろくでなし!一緒にいればいるほど愛は深まるばかり……」

 ほろほろと涙を零すキャロルを見てメアリは思った。


 駄目だ、こりゃ。


 愛って複雑怪奇。

 恋の魔法使いとしてもっと精進しようとメアリは思ったのだった。







 了

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