ラノベ=だから=大丈夫 ~俺TUEEEEの公式~

自己満足(みずみ・みちたり)

#1 カースト最下位でオタクの俺が、なぜか勇者になっちゃった件(前編)

 #1 カースト最下位でオタクの俺が、なぜか勇者になっちゃった件(前編)


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「またラノベ読んでんの?きっしょ」

 今日もクラスの女子から罵声が浴びせられる。俺はそれを無視して構わずページをめくる。

「きっとハーレムものだよ。主人公に感情移入してその気になってんのよ」

「まぁ外石そといしらしいよね」

 まだ長々と俺に何か言っている。

――韓流ドラマ見てるお前らも大して変わらねえだろうが……。

 しかし反論したら負けだという理性が、俺の本音を喉元でせき止めた。

 これは仕方のないことなのだ。――いつの時代もオタクは嫌われるのだ。教師だってそう。奴らもまたアニメやラノベを毛嫌いしており、俺がこうしていじめにっていても、保護者からクレームが来なければ断固として見て見ぬ振りをし続ける。

――ラノベも小説も、文字羅列の娯楽って面ではそう変わらないのにな……。

 そんなことを考えたって仕方がない。

 だってこれが時代の流れなのだから。


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 俺の名前は外石淘汰とうた。公立の高校に通い、入学当初こそ優秀な成績を収める優等生だったが、中学生の頃からの重度ラノベ依存症を引きずってしまい、クラスメイトからは散々キモオタ呼ばわりされたため、学業も疎かになり、今ではクラスの階級では最下位となってしまった。

――クソ……ホントあいつら人の趣味に理解無いな……。

 心の中で毒づきながら、俺は放課後の学校の廊下を歩いていた。もちろん一緒に帰宅してくれる友人などいない。

――このまま真っ直ぐ家に帰るのもいいけど、どうせ親に勉強しろコールを浴びせられるだけだし……図書室で書き溜めてたラノベを仕上げちまうのもいいかもな。

 そう。俺はラノベを読むだけでなく、書くことも趣味にしていた。将来的にはなろうでブレイク……なんて夢を抱きながら。

 俺は踵を返し、窓から差し込む夕日に照らされ、朱色に染まった廊下を走った。

  図書室の引き戸を開けると、お馴染みの背表紙たちが俺を出迎えてくれた。が、人の気配はない。まだ五時代なので不自然といえば不自然だし、不気味といえば不気味だ。

――まぁ俺には好都合だけどな……。

 適当に近くの椅子を引き出し、腰を下ろす。肩に掛けていたバックの中からペンケースとノートを取り出し、机の上に広げる。ノート紙の指触りと、シャーペンの冷たい感触が俺にどことない安心感を与えてくれた。

 カチカチと芯の先を出し、ノートの上で滑らせる。これが俺の日課だ。


ざっと三十分ほど書いただろうか。やっとのことで『完』の字を書くことが出来た。

 気晴らしにジュースでも買いに行こうかと思い、席を立った――そのとき。

「あら、何を書いてるの?」

「!」

 背後で、若い女性の柔らかい声が聞こえた。

――しまった。いじめグループの女子か⁉

 まずい。このままだと、ラノベを執筆していた噂を学校中にばらかれるだけでなく、せっかく苦労して書いた文章を破られてしまうかもしれない。

――畜生……俺は何でいつもこう……。

 握りしめた拳に手汗が滲む。俺は恐る恐る後ろを振り向いた。

「どうしたの?そんなに顔を蒼くしちゃって」

「……え?」

 そこにいたのは、カーディガン姿の、二十代前半と思われる女性だった。

「あ……えっと」

 状況が理解できない。――女子生徒じゃなかったのか。

「あ、ごめんね。驚かせちゃって。――私の名前は露無つゆむレナ。この図書室に新しく配属された司書なの」

「あ……そう、ですか」

 俺はその艶めいた長い黒髪に見惚れた。

「そうジロジロとレディのバストを見るもんじゃないわよ」

「あ、す、すいません」

 いかんいかん。

 自然と胸に目が行っていたらしい。

「君、名前は?」

「えっと……二年C組外石淘汰です」

「何書いてたの? ――もしかして小説?」

 レナさんが興味深そうに俺の後ろのノートを覗こうとする。俺は見えないように自分の体で覆い隠した。

「いいじゃない、見せてよ」

「いやぁ……見せられるほどの物では……――それに、小説じゃなくてラノベですし」

「ラノベ?」

 レナさんが眉をひそめた。

――やっぱりこの人もラノベを見下す人間なのか……。

 俺はなぜか裏切られたような気持になった。彼女に少しでも好感を抱いていなければ、こうはならなかったのかもしれない。

「最近の中高生って、そういうの好きだものね」

 いや違う。むしろラノベ好きは少数派だ。

「ラノベねぇ……確かこの図書室にもあったと思うけど……」

「ほ、本当ですか⁉」

 それは初耳だった。

「うん、確かこの辺りに……」

 レナさんはすぐ近くの本棚の背表紙を指でなぞっていった。

「ああ、あったあった。これよ」

 レナさんはその本を棚から一冊抜き出し、俺に渡してきた。表紙には、若い男女のイラストが描かていた。――不自然なことに、タイトルがどこにも見当たらない。

 俺はその本を無言で受け取ると、最初の頁を開いた。

『                作・イラスト 自己満足』

 やはりタイトルが書かれていない。

――というか、誰だ?この作家。聞いたことがない。自己満足?何て読むんだ一体。

「……なんですかこの本」

 俺が訊くと、レナさんは

「とりあえず数ページ読んでみて」

 ――とだけ言った。

――…………。

 仕方なく俺は頁をめくった。

『#1 カースト最下位でオタクの俺が、なぜか勇者になっちゃった件』

 その王道かつ魅力的なタイトルに、俺はつい冒頭を目で追った。


『 俺は勉強も運動も学年最低のラノベオタクだ。

俺はその日、いきなり図書室で司書の女に剣で斬りつけられた。


「…………ん?」

  目が覚めるとそこは、岩肌がむき出しになった、どこかの山の頂上だった。

「どこだ……ここ」

――俺は、死んだんじゃなかったのか。

目を擦りながら、俺は起き上がり、歩みを進めた。

「……おわっ!」

  気がつけば足元は崖の先端にあった。眼下では砂漠が延々続いており、なかには動物の骨のようなものも見えた。

――危ない危ない……。

  もう少しで本当に死ぬところだった。

  俺は胸を撫で下ろすと、いきなり後ろから声を掛けられた。

「はじめまして、勇者様」

 そこには、金髪碧眼の美少女がいた。 』

 

「へー……ちょっと興味が湧いてきました。――これ、借りれますか?」

 俺は本を閉じ、レナさんに言った。

「うん、それは良かった。――じゃ……」

 するとレナさんは、後ろで組んでいた腕を解いた。――その右手には――。

「――‼」

 俺は驚愕を禁じえなかった。――なぜならレナさんのその右手には、銀色に輝く西洋の騎士のような短剣が、握られていたから。

「な、なにを……」

 するとレナさんはうふふと微笑むと、笑顔を崩さないまま、こう言った。


「死んで」


 露無レナはその短剣を、何の迷いも躊躇ためらいもなく、俺の頭蓋に振り下ろした。


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「はじめまして、勇者様」

 そこには、金髪碧眼の美少女がいた。

「ああ、こちらこそ……て、勇者?の俺が?」

「はい」

 その少女はさも当然というように無邪気に微笑みながら頷いた。

「あなたは一度死んだんです」

「死んだって……」

 俺は額に掌を当て、記憶を辿った。

――そうか。俺はあの露無レナとかいう女に――殺されたんだった。

 俄然怒りが湧いてくる。

――なんなんだあいつ。理由もなく、いきなり。――人を殺すなんて人間としてどうかしてる。

 ではここは天国か地獄か?

 俺は空を見上げる。青空の中に白い月が浮かんでいた。それ自体は大したことではないのだが、問題はその月が『五つある』ということだ。

――ああやっぱり。ここはいつも俺が暮らしていた地球じゃない。

「これは何かの悪い夢か……」

 俺が独り言のように呟くと、少女は、

「さっきからゴニョゴニョと月並みなことばかり言っていますね」

 と、呆れたように言った。

――なんだ初対面でいきなり。

「悪かったな、月並みで」

 少し腹が立ったので、投げやりに俺が言い返すと、

「いいんですよいいんですよ、ラノベだから大丈夫です」

 と。

――ん? ラノベ? どういうことだ?

 言っている意味が判らない。

「つまりですね」

 と、その少女は人差し指を俺にびしっと突き立てた。


「あなたはライトノベルの世界に転生したのですよ」



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