IV 「 復讐に来 」

それはある寒い冬の日だった。

あたりは一面真っ白で、部屋の明かりが雪花に反射していた。

そして、大きな広間の真ん中。

夫婦とその子供と思わしき少女が一人いた。

その少女は、シャンデリアの下で白い肌を照らしていた。


「ロメオ。さぁ、こちらへ」


義母が私を呼び、広間の中央へと立つ。不安げな私の隣で父は、ニコニコと笑っていた。


「お母様、これは一体……?」


私が聞くと、義母は言った。


「ふふふ、そんなに不安そうにしなくても大丈夫よ。貴方を驚かせたかっただけなの」


得意そうに笑う義母を見やり、今度は父の方に目を向けた。


「お父様……?」


義母の返答に理解しきれない、そんな意味を込めた目で父を見ると彼もまたニコニコと笑っていた。


「ハッハッハッ!!では、改めて紹介するとしようか!!」


図太い笑い声が、大広間に響き渡る。相変わらず、父が笑っただけで耳が痛くなるのはいつものことだった。


「それでは頼む」


父が一言いうと、少女の父親が喋り始めた。


「初めまして、ロジャー・エインズワースと申します。そしてこちらが妻の」


「コーデリア・エインズワースですわ」


夫婦が微笑むと、少女が前に出て私の前で優雅にお辞儀をした。


「アイリーン・エインズワースと申します」


スッと背筋を伸ばす彼女は、私と殆ど変わらない背丈だ。


「ロメオよ。アイリーン嬢、お前の許婚だ」


衝撃的だった。

私はまだ9歳の少年。恋などとは無縁と考えていた。


「ふふふ、ロメオ。アイリーン嬢と少しお話してきたらどうかしら?」


義母がそう告げた後、気付けば許嫁と呼ばれた少女と庭園に続く廊下を歩いていた。


「あ、あの・・・」


先に口を開いたのは彼女だった。


「ロメオ様。もし、私がお嫌でしたら何なりと仰って下さい……」


「ロメオでいい。それに、初めてお会いした淑女レディの事を私は良く知らない。

だから、嫌いかどうかはわからない」


その時の彼女の顔はポカンとしていて、けれど安心したようだった。


「そうですの……」


少しの沈黙の後、彼女は口元に手を当ててクスクスと笑い始めた。


「ふふふふ!なんだか、不思議なお方ね」


私は、その場で。一瞬で恋に落ちた。


彼女の笑顔は咲き誇った薔薇よりも輝かしくて、ほんのりと染まる頰は私の胸を高鳴らせた。


「あ、貴方の事はなんとお呼びすれば」


高鳴りが身体中に響く。

ドクドクとドクドクと脈を打つ音が耳元に聞こえる。


「私も、呼び捨てで構いません。どうぞ、アイリーンとお呼び下さい」


深く、綺麗なお辞儀をする彼女に私は今も変わらぬ決意を覚えたのだ。


《 君を、守りたい 》


そんな男になりたいと思った。







*********






彼女と出会った日も、寒い冬の日だった。

そして、私が生まれたのも冬の日だった。


「ロメオも、もう17歳か。早いものだな」


「えぇ、そうですわね。あなた」


いつもよりも豪華な食事の席で、毎年似たような誕生日。

けれど、この日はこの年は違った。

私の席の前には、アイリーンがいて私は勇気を振り絞り、アイリーンを庭園に誘った。


アイリーンは、出会ったあの日からおよそ8年間のうちにとても美しい女性に育った。

会った時は、愛らしいという印象の方が強かったが、今では愛らしさよりも美しさの方が際立っていた。


「ふふふ、ロメオと初めて会ったあの日も此処を歩いたわね」


「あぁ、そうだな」


微笑む彼女に微笑み返し、そっとアイリーンの手を握った。


「ロメオ?」


私はゆっくりと膝をついた。

私の隣では、綺麗な満月が光っていて彼女の15の誕生日にプレゼントした透き通るイヤリングが光を反射した。


「アイリーン。私と、けっ……」


私はあの日を忘れもしない。

あの日、あの日、アイツさえ来なければ。


「キャァァァァァーーーーーー!!!」


私の彼女への言葉は、メイドの叫び声に消えた。


「い、一体何が?!」


メイドの叫び声に驚き、すぐさま屋敷の方に目を向けた。


「ロメオ、行きましょう!」


彼女は私の手を掴み、片手で大きな裾のドレスを持ち上げ足早にホールに向かう。

その後を、私はついて行く。


彼女の靴音が可憐に響いた。

必ずや、これが終わったら。と、何事もないことを祈る。


庭園を抜け、大広間へとたどり着くと天井はボロボロだった。


「怪我人はいるか!!」


父が一足先に来て、辺りを見回していた。

その顔は珍しく焦っていて、普段の気丈な雰囲気はまるでない。


「父上、何事ですか?!」


私は父に、落ち着くようにとそう言った。


「訳がわからん……」


辺りは真っ白で不可思議な煙と霧に覆われている。


「ロメオ、あれを見て!!」


アイリーンが指をさした方に目を止めると、真っ黒でボサボサの髪に黒い制服。茶色い革靴を見にまとったボロボロの青年がいた。


「ここは……?」


青年はゆらりと立ち上がるが、すぐに身を床に投げた。


「はやく、だれか医者を呼べ!!」


父の声が耳に響く。


「大丈夫か!!」


私は青年に近づき、その肩を揺すった。


彼の周りには、見慣れない鞄や本。そして、一つのカードケースのような物が落ちていた。


「ユウミ シュン」


カードケースには彼の顔写真とその名前であろう文字が書かれていた。

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転生者に復讐を 菜ノ風木 @NANOFUKI

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