間幕 今は、蒼い森に


 闇夜に冷たい光が踊っていた。

 蛍だ。数えきれない程の蛍が、暗闇の中を誰か探しているかのように彷徨っている。

 重力に逆らい、風に流され、けれど無数に点滅する淡い光。何も見えない中の、探し人たち。

 川のせせらぎの響くこの夜に、何があるのだろう。手さぐりで探そうとするように、灯りのない場所へと揺れて、揺れて、飛んでいく。

 川の向こうには辿り着ける。でも、目指した場所は、どうだろう?

――蛍は、名残を想う人の魂。

 そう云ったのは誰か、もう少女は思い出せない。

 ただ、人は探し続けるものだ。見えないもの、亡くしたもの、そもそもありさえしないものも。

 探し求めて、傷ついて。羽ばたくように落ちていく。

 死者の魂なんて見つからないのに、それを蛍に仮託したように。

 それを眺める『少女』は、どれ程の願いを歌っただろうか。もう誰にも届かない程、四季の移ろいと共に歌った、誰も知らない少女の残像。

「…………」

 つい、と視線を逸らす。

 見ていられないとばかりに、鳥となり翼が欲しかった少女は目を背けたのだ。

 川に落ちていく、二匹の蛍。その翅は削れている。何処かにいこうともせず、ただ交互に点滅しながら水の中へ。

 まるで水中に身を投げる恋人同士のよう。相手の重さで沈んでいく。それでも求め合わずにはいられない。

「……私、は」

 そうやって水の冷たさと、甘さに逃げるのだろうか?

 諦観で水に堕ちたのか。それとも求めるものが水の中にあったのか。

 見つけられたのか解らない。ただ、苦笑すら出来ず、視線を鋭く流す。

「土の中では、何も見つけられなかった」

 なら、空ならばどうだろう。水ならばどうだろう。

 笑うには力が足りず、泣くには長すぎる、残滓の『少女』。

 儚い蛍の光が見せる幻影のように、少しずつ掻き消えていく影。

 夢幻と、消えていく。ただ繰り返し、繰り返し、空を飛びたいと翼を探す少女は、また消える。

 だって、まだ森は朱く染まっていない。

 秋によって赤を灯されていないのだから、歌う事もない。

 ただ、若木がそびえたつ程の樹木に。少女の名を誰もが忘れる程の月日と年月だけが過ぎていた。

 そして、求めるがままに、少女は未だ翼を持たなかった。

 未だ早かったのだと、蛍と共に消えていく。

夜に溶けるように。星が消えるように。月が、透けるように。

 それでも、探し求める心だけがあった。指先が最期に、虚空を切る。

 翼が、欲しかった。

 それを百年の夢の中、朱い森で探している。

 人は翼を手に入れられないという現実を捨てて、少女は瞼を閉じた。



 ふっ、と少女の輪郭が影となり、音もなくその姿が消えた。


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硝子の箱と、朱い森 藤城 透歌 @touka-kutinasgi

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