きみの行く先

瀞井 りずむ

第1話 カリスマ

「本当に、良いんですね?」


何度も何度も、何度も考えた。


俺の名前は、櫻井直哉。

SCARLETT(スカーレット)のヴォーカリスト、NAOYA。

ミュージシャンだ……った。


俺は、自分でもちょっとラッキーだった、と思う。


音楽教師の両親の影響で元々音楽に親しみ、割と大きめの地方都市で何不自由なく育った。楽器に囲まれ、同級生と文化祭のために組んだバンドが、あるレコード会社のコンテストで入賞。

ちょっとしたライブ活動をしていたところ新人発掘のスカウトを受け、運良くデビュー。

アニメのED曲のタイアップが当たって、あの有名な音楽番組にも出たりした。

よく聞く突然に現れた「存在すら知らなかった親戚たち」もたいそう喜んで、ありがたいことにそれなりに多くのファンがいた。

街を歩き気が付かれれば声をかけられ、もみくちゃになることもあった。


「芸能人ってこうなんだ」

はじめは、突然の変化を楽しんだりする余裕すら、あった。

変装して誰が最後まで見つからずにこの人の犇めく通りを最後まで歩けるか、とか、一晩で何人の女の子を口説けるか(あまり人と話すのは得意じゃない)とか。

まるで昨日までの自分を脱いで、生まれ変わったような日々が訪れ、人に大切にされている感じを味わい、そこそこの余暇をいつも何かに急かされながら生きていたことにさえ目を向けずにいた。


得るものはそれなりにあったが、その分できることは少なくなっていった。

大事にされれば想うのだ。

「この人が見ているのは、俺なのか、NAOYAなのか。」

一滴の猜疑心は、どこまでも広く深く俺の心を染めて支配していった。

考えだしたらキリがない。

自分が信じるか、疑うか。

鏡にうつる自分の影さえも、その先の「俺」に嘆いているように見えた。



心から、悩みを打ち明けられる人が、君には居るかい?


俺には、居なかった。

というか、俺は見つける事ができなかった。


寄り添ってくれる人は居たのに、

信じ切ることが出来なかったんだ。

自分を赦すことが出来なかったんだ。


世間が作り出した「NAOYA」という生き物が、どんどん独り歩きしていって、いつしか俺を追い越し、期待された「NAOYA」の影をなぞっていた。むしろそうすることでしか自分の価値を見いだせなくなっていた。


親からもらった五体満足で健康そのもののこの体と、学校の中で割と人気者になれるくらいの素材を持っていた。

それだけで、満足だったんだ。


のほほんと窓から見える景色が好きで。

夕焼けのオレンジに、キュッとなる自分が好きだった。


それなりにたくさんの経験をしてきたけれど、

どちらかというといつも得るものばかりの人生で、誰かになにか与えられたのか?誰かを救えたのか? そんなことを考えるのはそもそも分不相応かな。


気がつけば俺は、生きるためだけに音を出していた。



「自分がいなくなった世界は、どんなに青いんだろう」

隣の女が飲んでいたチャイナ・ブルーが視界に入り、酔いもあったせいかボソッと呟いた。


「おや。行先を気にせず、そのあとが気になるとは稀有なことだ」

初老の紳士が隣に座り、声をかけてきた。


「もしも、覚えているならここに。」

そう言って、店のコースターをジャケットに滑り込ませた。


店を出る頃にはすでに明るく、行き交うスーツの群れを逆行して家路へつくと、泥のように眠った。

ちょうどレコーディングを終え、次のツアーまでは日にちがあった。リハはあるもののそれなりに余裕があった。



目が覚めると窓の外はオレンジだった。





寝起きに一服しようとタバコを探すと、ジャケットにコースターがあった。

Labyrinth−ラビリンス− そう書かれていた。



「なんだ、持って帰ってきちゃったのか……」

探しものとは違ったのでカウンターに放り投げると、水に滲んだ赤い文字があることに気づいた。

090−740X…


電話番号だった。



「えっ、誰の?」

根本が黒くなったシルバーの髪をクシャクシャにしながら記憶を辿る。

遊びに来たメンバーが忘れていったタバコを見つけ火をつけ深く吸い込む。

しばらく息を止め、なんとも言えないモヤモヤと一緒にゆっくりと吐き出した。

部屋の中を揺蕩うそれをみながら俺は、スマホを手にしていた。



「お待ちしておりました。」

酒はとうに抜けていたはずで、どうしてそうしたのかはよくわからなかった。

電話口の向こうにいるのは、聞き覚えのある声だった。


「えっと…」

「君のいないこのセカイを、見てみたいんだったね」


思えばおかしな話だった。

もしかしたら何度も逢っていたのかもしれない。

どこにいてもプライベートなんてない。

素の自分で好きなように「存在」できたのは、一体どのくらい前なんだろう?


「あぁ、構わない。」

「わかりました。では、3つ数えるので目を閉じていてください……」




「NAOYA〜!!」

「どうしてなの!?」



甲高い声が聞こえた。

悲鳴、泣き叫び、俺を呼ぶ声。



俺は、死んでしまった……ことになった。

考えて考えて、考えて。

後悔なんてしてる暇はなかった。

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きみの行く先 瀞井 りずむ @eureka247

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